1-17『内部事情』


増援到着から数時間が経過し、時刻は日にちを跨いだ。
 部隊は避難先の十字路を中心に防護を固め、そこを拠点として救護活動を開始。十字路の一角には、道の半分以上を塞ぐ形で病院天幕が設置され、重傷者の処置が行われていた。

衛生「3番寝台の患者、血液検査終わったか!?」

衛隊B「終わってます。今、輸血準備中です!」

天幕内では、衛生隊員等が処置に駆けずり回っている。

輸送B『救護所へ、こちらデリック2。村の北西で生存者を一名保護。そちらへ搬送する』

隊員G「了解したデリック2。西側の道を明けろ、生存者の搬入が来るぞ!」

かたや、防護されている区画へはトラックやジープが、頻繁に出入りを繰り返している。捜索部隊が何組か編成され、負傷者の処置と平行して村内の生存者捜索が行われていた。
しかし、その生存者が搬送されてくる事はまれで、 運ばれてくるのはほとんどが村人か傭兵の亡骸だった。
避難区画から離れた場所に設けられた安置所へは、亡骸が次々と並んでいく。

補給「………」

補給はそんな避難区域内を、苦い表情で見渡していた。

砲隊B「補給二曹」

補給「ああすまん……続けてくれ」

砲隊B「村の生存者は67名ですが、内19名は重症。後、捕虜二名を確保しました」

砲隊Bは手にしたメモ帳の内容を、補給へと告げて行く。

補給「犠牲者は?」

砲隊B「正確な数は分かりませんが、回収した遺体は100体に上る勢いです。その内、ここの住人の者と思われるのは半数以上」

補給「……邦人は発見できたか?」

砲隊B「今のところ、それらしき人物は誰も確認してないそうです」

補給「そうか……敵との接触は?」

砲隊B「一時間前に隊員A三曹率いる一組が、少数の敵と交戦しましたが、それ以降戦闘は起こっていません」

補給「分かった、ただし警戒は続行するように」

砲隊B「了解」

補給「しかし、酷いもんだ……」

そう言って再び周辺を見渡す補給。

砲隊A「二曹、いいですか?」

そこへ砲隊Aが割って入ってきた。

補給「ん、大丈夫だ。どうした?」

砲隊A「この村の村長さんの怪我の処置が完了したそうです。少しは話ができるそうなので、来て貰えますか?」

補給「分かった、すぐ行く」



補給はFV車長や隊員G等の陸曹を集めて、村長の収容されている天幕へ赴いた。
処置用に使用している病院天幕の隣には、負傷者収容用の病院天幕が併設されており、中では村長を始めとする負傷者が簡易ベッドに寝かされている。
そして負傷者の身内や知り合いらしき村人が、天幕内に違和感を感じながらも、それぞれ負傷者に付き添っていた。

砲隊A「すまん、ちょっと通してくれ」

補給等はそんな村人達の合間を縫って通り、村長の簡易ベッドまで辿りついた。村長の周りにも何人かの村人が付き添っている。

砲隊A「村長さん、どうだ具合は?」

草風村長「おぉ……君か。傷はまだ痛むが……少しだけホッとしているよ」

砲隊A「そりゃ良かった。悪いが、ちょっとだけ時間をもらってもいいか?」

草風村長「?、あぁ……かまわないが?」

そう言って砲隊Aは補給と場所を代わり、補給は村長と対面する。

補給「始めまして。自分は部隊長を代行しています、補給と申します。こんな事態が起こってしまい、なんとお声を掛ければ良いか……」

草風村長「あぁいえ、どうかお気になさらず。あなた方が来てくれなければそれこそどうなっていたか……して、ご用件のほうは?」

補給「ええ、少しあなた方にお聞きしたい事がありまして。お怪我を負っている身に、無理をさせて申し訳ないのですが……」

草風村長「いぇ、それはかまいませんが……」

草風E「ねぇ、ちょっと待って」

草風村長に付き添っていた草風Eが、村長の言葉を遮り会話に割って入って来る。

草風E「その前にいい加減教えてもらえない?あなたたち……一体何者なの?」

草風Eに続いて、今度は隣の簡易ベッドの草風Fが問いかけて来る。

草風F「さっきの戦いの様子からして、ただの旅人ってわけじゃないだろう?それに今"部隊"って言ったし、どこかの傭兵か軍隊か?」

砲隊A「あぁ。そういやゴタゴタしてて結局まだ話してなかったな」

補給「我々は日本という国の軍事組織で、日本国陸軍を名乗っています」

草風村長「ニホン……ですか?」

草風F「聞いたことが無い……少なくともこの大陸の国じゃないよな?」

初めて聞く国の名前に、村人達は訝しげな表情を浮かべる。

補給「まぁ……遠くの国だと思ってもらえれば」

草風E「それで?そのニホンって国の軍がこの村に何のようなの?」

砲隊A「そう警戒すんな嬢ちゃん、まぁ無理も無いのかもしれんが」

補給「私達は人探しをしていまして、その人の情報を追って各町を訪問していたんです」

FV車長「そしてその各町を巡ってた捜索部隊が、今回の襲撃の現場に遭遇した」

草風村長「そういう事でしたか……」

補給「村長さん。差し支えなければ、教えてもらえませんか?この村を襲って来た連中は何者なんです?」

草風村長「ヤツ等は……おそらく商議会の手先でしょう」

補給「商議会……確かこの国の政府に当たる機関では?」

草風村長「ええ、そうです。襲ってきたのは、その商議会が雇った傭兵だと思われます」

補給「なぜ政府がそんな事を?」

草風村長「口封じでしょう。私達が商議会の魔王軍との繋がりを知ったから、それを外部に漏らされないようにと」

補給「魔王軍……ですか?」

砲隊A「そっちの兄ちゃんも、回収した時にそんな事言ってたな」

砲隊Aは別の簡易ベッドで眠ってい草風Aを見る。

砲隊A「商議会と魔王軍がつるんでる。怪我してんのに、えらい剣幕でそんな事を話してました」

補給「一体どういう事です」

草風村長「どこから話すべきですかな……」

補給の疑問の声に、草風村長は少し考えた後に口を開いた。

草風村長「事の起こりは先月でした。中央府の紅風の街にいる、私のかつての部下から手紙が届いたのです」

補給「部下?」

草風B「村長は数年前まで商議会の議員だったんだ。そこで派閥の一つを率いていらした」

砲隊A「マジかよ。つまり村長さんはこの国の政府の要人だったのか」

草風村長「今は隠居したただの老いぼれさ、老いには敵わん……それで、その部下が知らせて来たのです。"紅風の町にて、魔人と思わしき者の姿を目撃した"と」

FV車長「魔人だ?魔王軍に続いて色々と出てくるな」

砲隊A「なぁ、いちいち話をぶった切って悪いが、その魔人ってのはなんだ?」

草風E「魔王軍の中枢を司る、人ならざる者達」

砲隊Aの疑問に、草風Eはそんな一文で返した。

隊員G「なんだそりゃ?」

草風E「魔人を言い表す時の言葉。正直な話、魔人について広くに知られてるのはこの一文と、いくつかの言い伝えだけなの」

草風B「それもはっきりとした内容の物は無いんだ。強大な力を持ち、容姿については人に近い姿をしてるって話もあれば、亜人や魔物のようだという話も聞く。雰囲気が明らかに違うとかも言われてるけど、結局目にしない事にはね……」

草風E「対魔王戦線に出ている将兵なら、目撃してる人もいるかもしれないけど」

そう言った後に草風Eはため息を吐き、草風Bは肩をすくめて見せた。

隊員G「また、お手本みたいなファンタジーだな……」

草風F「だから俺達は……いや、部下本人も当初は半信半疑だったらしい。ソイツの外見や雰囲気が、言い伝えの物とどことなく似てる、くらいのモンらしかったからな」

草風村長「ですが、後日さらに手紙が届きました。部下は商議会の議員と、その魔人らしき者が接触している所を確認したそうです。そしてさらに調査を続け、魔人らしき者は魔王軍の関係者であり、この大陸の下調べに来ている。商議会は魔人に活動の場を提供し、それに手を貸している事が発覚した……と」

補給「……」

FV車長「……衝撃の真実だな」

草風村長「正直な話をしますと……今回の件より前から、中央府の政策には不審な部分を感じていたのです。流通の偏りや、急な政策の改変等……」

草風E「その部下は元々、そのあたりの調査を行っていたの。ただ、その最中に魔人らしい者を目撃、不審に思って追ってみたら……」

砲隊A「ドンピシャリってか。所でよ、魔王軍ってのは世界中を踏み荒らして歩いてる連中だろ?そんなヤツ等になんだって手を貸すんだ?」

草風B「魔王軍は快進撃を続けていて、こちら側の旗色はあまりよくないらしい。そのせいで、こちらを裏切り魔王軍に協力する国も出てきてるんだ」

草風「商議会の連中も同じだろうな。ヤツ等は今の内から魔王軍に手を貸して、制圧後の発言権を得るつもりなのさ。妙な政策の変更も、その下準備の一環って事さ……!」

FV車長「成る程……」

草風村長「議会に身をおいていた立場としては、お恥ずかしい話です……」

草風B「村長の責任ではありません!臆病風に吹かれたのはヤツ等です!村長が現役であれば、そもそも国の中枢に魔族や魔人など、立ち入らせる事すらなかったはずです!」

草風E「村長が率いてた派閥も、今は発言力が弱くなってるからね。魔王軍侵攻に不安を覚える人間も増えてきたし……」

草風村長「ともかく。各国が一丸となって対抗しているところへ、この裏切りは許される事ではありません。私は部下に、確実な証拠を掴むよう命じたのです。しかし、その手紙を最後に部下との音信は途絶えました。半月前のことです……」

FV車長「マジかよ」

砲隊A「つくづくひでぇ話だな…そんで、その事を隣国に伝えて、そいつらをしょっ引いてもらおうとしたわけか」

草風E「まぁ……ね」

歯切れの悪い返事をする草風E。

草風F「そう簡単に行ってくれれば、うれしいんだが……正直、隣国が動いてくれるかは望み薄なんだ」

砲隊A「どういうことだ?」

草風「この国の成り立ちというのはご存知ですかな?」

補給「?、ええ…確か三つの大国の緩衝地帯としてできた国だと」

草風F「その緩衝地帯としての機能を保つための条約があるんだ。紅の国に国境を接する各国は、紅の国中央府からの要請が等が無い限り、緩衝地帯への軍の派遣、進駐等の行為を一切禁止する、ってな」

草風B「もしそれを破れば、残りの二大国を敵に回す事になるって訳」

砲隊A「んな事言ったって……その中央府が魔王軍とつるんでるんだろ?条約云々以前の話だろうが?」

草風F「事態を知ってる俺達からすればその通りなんだが……俺達が持ってる情報は、部下が見聞きして得た物だけだ。もちろん俺達は部下を信じてる。だがそれだけじゃ、月詠湖の王国に動いてもらうための、決定的な証拠とはならないんだ……」

草風村長「我々は部下との音信が途絶えた後も、独自に調査を続けましたが、それ以上の情報を得る事はできませんでしてな……」

草風B「今はただでさえ対魔王戦線への出兵で、どこも兵力が不足してる。そんな中で大した根拠も無しに動く事は、どこの国もしたくないだろう。もしどこか違えば、魔王軍以前に大陸内で戦争が始まってしまう」

草風E「魔王軍側から見れば、そうやって大陸内が混乱に陥るのもアリなのかもしれないけどね」

FV車長「ことごとくこっちの行動を潰してくるようで、気色悪ぃな……」

草風F「まったくだよ。そして間にも商議会の連中は、着々と準備を進めているんだろう」

草風村長「ですが私達もそれを黙って見ているわけにはいかない。そこで、せめて今ある情報だけでも伝えようしたのです」

草風E「知らせないよりはマシ、程度の物だけどね」

草風村長「そのために、草風A使いを出そうとしたのですが……」

補給「その前にヤツ等がこの村を襲って来たと」

草風村長「そういう事です。野等の襲撃に見せかけ、私の縁者や部下ごと葬り去る気だったのでしょう。小さいとはいえ、私達はヤツ等にとっての目の上の瘤ですからな」

砲隊A「にしたって乱暴な方法だな。村ごとかよ……」

草風E「商議会は治安部隊を掌握してるし、大きな街には商議会の息が掛かってる人間も多いわ。それくらいは簡単にもみ消すでしょうよ」

砲隊A「議会の力と雇った連中を使えば、悪事も司法も好き放題ってか」

草風村長「それと、多少の荒事を許容できるくらい程に、余裕ができたのでしょうな」

補給「それつまり……魔王軍がこの大陸へ上陸して来るのが近いと?」

草風村長「明確な作戦までは分かりませんが、おそらく何らかの手立てが整いだしているのでしょう。時間はもうあまり無い」

草風E「でもさっきも言ったとおり、こっちが持っている情報は断片的。できるのは悪あがきがいい所よ」

補給「商議会と魔王軍の斥候は、この国のあらゆる物を隠れ蓑に使っているわけか……」

草風B「クソッ!このままヤツ等の思い道理になってしまうのか!?」

不安と苛立ちの入り混じった表情を浮かべ、髪を掻き毟る草風B。

草風村長「よさないか。まだ何もできないと決まったわけではない!」

草風F「もちろん俺達だって諦めるつもりなんてありませんよ!」

草風E「でも弱気になるのも無理ないですよ、この二三ヶ月、皆負担を抱えっぱなしですし。ナイトウルフの問題に方が片付いて、やっと一つ面倒が減ったと思った矢先にこれだもの」

病院天幕内の空気は重くなり、村人達は大きく溜息を吐いた。

草風村長「……ああ、申し訳ありません。、みっとも無い所をみせてしまった……」

補給「いえ、とんでもない」

草風村長「とにかく皆、状況を悲観するのはそこまでだ。それより、今できる事としなくてはならない事を考えよう」

草風村長は村人達を見渡し、そう言い聞かせる。
     
草風F「できる事か……とりあえず、再度月詠湖の王国に使いを出すか?」

草風B「誰が行くんだ?襲撃のせいで馬に乗れる人間はほとんど殺られた、私達もこの怪我では無理だ」

自分の傷を忌々しそうに見る草風B。

草風E「待って、あたしも乗れるわよ。草風Aの変わりにあたしが……」

草風F「お前はダメだ。武術の心得がほとんど無いだろう」

草風B「ただでさえ治安が悪くなってる上に、この騒ぎの後だぞ?君が単騎で行くなんて危険すぎる」

草風E「……」

名乗りをあげた草風Eだったが、二人の言葉に押し黙ってしまう。

草風A「それより……村の守りをどうする…?」

そこへ別の声が割り込んできた。

草風E「!」

声のした方へ視線を向ける一同。向かいの簡易ベッドの草風Aが目を覚まし、体を起こそうとしていた。

草風B「草風A!よかった、目が覚めたんだ……!」

草風A「時々意識は戻ってた……朦朧としてて何もできなかったけどな……」

体を起こして周囲を見渡す草風A。

草風A「……誰が……いや、何人殺られた?」

草風B「分からない……生き残ったのは半分ちょっとで、数人だけ見つかって無い。後は皆……」

草風A「ッ!そんなに……か……?」

犠牲になった者の多さに、草風Aは顔を青くする。

草風A「クソ……畜生ッ!」

そしてショックは怒りへと変わり、簡易ベッドに拳を叩き付けた。

砲隊A「おい兄ちゃん、気持ちは分かるが落ち着け!傷が開いちまう」

草風B「まだ横になってたほうがいいよ」

草風Bに体を押さえられ、草風Aは再び簡易ベッドへ横になる。

草風A「……だが、いつまでもこうしてはいられないぞ……俺達が生き残った事をヤツ等が知ったら、すぐにでも次のヤツ等を送り込んでくるぞ……!」

草風B「わかってるさ……ヤツ等が放って置いてくれるわけが無い……」

草風E「でも、それこそどうするのよ……?戦える人はほとんど死んだのよ。草風A達もすぐに直る怪我じゃない……どう守るのよ……」

考えれば考えるほどに状況の困難さが明確になり、村人達の表情は悲観に染まって行く。

草風村長「……ヤツ等め……!」

ついには草風村長も剣幕を見せ、悪態を吐いた。少しの間俯いていた草風村長だったが、しばらくすると顔を起こす。

草風村長「……皆さん、この村は近いうちにまた襲撃を受けるでしょう……」

FV車長「またか?しつこい連中だな」

草風村長「そこでお願いがあります。村を立つ時に、生き残った子供とその親を一緒に連れて行っていただけませんか?」

砲隊A「……ん?待て村長さん、なんでいきなりそんな話になるんだ?」

草風村長「ここまでして頂いた上で、図々しい事を言っているのは分かっています。しかし、せめて女子供だけでも――」

FV車長「待った、ちょい待った!」

FV車長は草風村長の言葉に割って入る。

FV車長「どうにも俺等とそっちで解釈に行き違いがあるぞ」

補給「村長さん。我々はこの村への脅威が無くなるか、他の組織へ村の防護を引き継ぐまでは、ここに留まるつもりでいます」

草風村長「な……本当ですか?」

補給「ええ。もし、村内に居られるのが迷惑だというのであれば、村から離れた位置に陣地を構築しますが」

草風村長「ご迷惑など……願っても無いことです。しかし……」

村人達は一度顔を見合わせる。

砲隊A「どうした?」

草風F「いや……あんたら、どうしてそこまでしてくれるんだ?」

草風E「近隣諸国ならまだしも、あなた達は大陸外の軍隊でしょ?さすがにここまでかかわる義理はないはずじゃ……?」

砲隊A「義理も糞も……こんな状況に出くわして、無視できるわけないだろ」

草風E「そうは言っても……この国の内情はさっき話したでしょう?ちょっと人助けするのとは分けが違うのよ?」

補給「当然、心得ていますよ。それに、我々にとっても全くの無関係ではないんです。先程話された商議会の企みが事実ならば、我々にとっても脅威となり得ますので」

草風B「脅威……?あなた達と商議会がどう関係するの?」

補給「現在、我々の部隊の一部が月詠湖の王国内で間借りして、国境線近くで活動をしています。そこが我々にとっては大切な拠点なんです」

FV車長「その大事な拠点のお隣がこうもきな臭いってのは、よろしくねぇ分けだよ」

砲隊A「それにな。他所の軍隊とは言うが、俺達もそう簡単にこの大陸から"はい、さよなら"って撤収できる分けじゃ無いんだ。そこへ、近いうちに魔王軍が押し寄せてくると聞いちゃ、それこそ他人事では居られねぇよ」
    
FV車長「"同じ境遇のヤツに手を貸す"って言えば、少しは納得してくれるか?」

草風E「まぁ……」

補給「いきなり現れた私達に言われても、説得力も無いかもしれませんが…」

草風村長「いえ、とんでもない!…ただ、少しばかり困惑してしまいましてな…」

草風B「話が二転三転しすぎで……ちょっと整理させて」

草風F「なんて目まぐるしい夜だ……」

村長や村人達の顔には、疲労の色が浮かんでいた。

FV車長「無理も無ぇや。あの騒ぎの後だし、皆気を張りっ放しだったろうしな」
     
草風F「……あぁ、所であんた等。人を探してこの村を訪れたとか言ってたよな?」

FV車長「あぁ、それなんだ。疲れてる所に悪いんだが、最後にその件だけ聞かせてもらってもいいか?」

草風村長「えぇ、大丈夫ですよ。して、その探している人というのは?」

草風E「この村の住人ならすぐに分かるけど?」

補給「いえ、この村の方では無いんです。ええと……待って下さい」

補給は胸ポケットから手帳を取り出す。そして狼娘から聞き出した院生の名や、外見的特長を村人達へ伝える。

草風B「院生……黒髪の女の子……ねぇ、それって」

草風A「ああ、あの子だな」

FV車長「知ってるのか」

草風村長「はい。三日……いえ、日を跨いだから四日前になりますな。魅光の王国の勇者様達がこの村を訪れられまして、その勇者様達と一緒にいた子が、そのような外見だったかと」

草風B「名前も、確か勇者様達にそんな風に呼ばれてたと思う」

砲隊A「勇者一行……狼のねーちゃんの言ってた通りだ」

隊員G「当たりだな」

補給「それで、その人達は今はどこに?」

草風村長「訪れられた翌日には、村を発たれました。彼女達は、露草の町と凪美の町を経由して、隣国の笑癒の公国に向うと言っていましたな」

補給「そうですか……」

追いつけなかったのは残念だったが、今回の事態に巻き込まれたという、最悪の結果は避けられた事に、補給は心の中で安堵した。

FV車長「ええとだ……」

FV車長等は地図を取り出して広げ、村長が口にした町の位置を確認する。

FV車長「露草……凪美……予測したルートと同じです」

補給「だな……それぞれの町までは、どれくらいかかるんですか?」

草風村長「徒歩でしたら、この村から露草の町までは二日程度。露草の町から凪美の町まで、ほぼ同じくらいです」

砲隊A「その子らも歩きだったか?」

草風A「あぁ。護衛の騎士が一匹だけ馬を連れてたが……三人は乗れないだろうし、おそらく歩きだろう。 だから無理をして進んだとしても、今はまだ露草の町と凪美の町間辺りのはずだ」

砲隊A「こっからそんな距離じゃねぇな……」

隊員G「追いつけるか?」

補給「いや、ルートが分かるんなら先回りすればいい。この凪美の町の先で網を張れば……」

地図を囲って院生と合流するための案を話し合う補給等。

草風B「ねぇ……ちぃっといいかい?」

そこへ草風Bが声を挟んだ。

砲隊A「?、どうした嬢ちゃん?」

草風B「正直、色々と疑問だらけなんだけどさ……まず、あなた達とあの子に一体どういう関係があるの?」

FV車長「あぁー……正確に言うとな、俺等も実際に面識は無いんだ。だがその院生って子、どうにも俺等の国の国民らしくてな」

草風E「国民ですって?」

FV車長「そうだ。詳しくは端折るが、その勇者一行と道中一緒だったって人が居てな。その人の話を聞くに……あー、どーにもこの大陸に迷い込んだっぽくてな」

草風A「はぁ……そういえば、確かにあの子だけ勇者様達とは雰囲気が違ったな……」

草風B「髪もこの人達と同じで黒髪だったね……」

草風A「しかし……まずい、考えたらまたしんどくなってきた……」

少し俯き、目頭を押さえる草風A。

隊員G「話はここまでだな、続きは夜が明けてからだ。お互い聞きたい事は他にもあるだろうが、今は休んだほうがいい」

補給「無理をさせて申し訳ありませんでした」

草風村長「いえ。私達に今できるのは、これくらいですからな……」

補給「村の内外は我々が守りますので、ゆっくり休んで下さい。ありがとうございました」


補給等は負傷者収容天幕を後にし、外へと出た。

FV車長「やれやれ、どうにかその院生ちゃんに追いつけそうだな」

隊員G「ええ。しかしその過程で、とんでもねぇ話を知っちまった……」

村長達が話した事の内容を思い返し、隊員Gは顔を渋くする。

砲隊A「国の政府が魔王と手を組もうとして、それを知った村を消しに掛かる……ふざけてるにも程があるぜ」

補給「だな……ともかく砲隊A士長、野営地に無線連絡を頼む。邦人の位置が特定できた事と、その商議会の企みの件もだ。月詠湖の軍隊への引渡しの時に、向こうでこの件を伝えてもらおう」

砲隊A「了解。……あー、説明が面倒だな……」

砲隊Aは呟きながら指揮車へと向った。

補給「FV車長三曹、隊員G三曹。普通科、野砲科の各隊を編成し直して、各所の防護に当たってくれ」

FV車長「了解」

隊員G「わかりました」

補給「後方活動は私が引き続き指揮をするが、落ち着いたらこちらも防護の応援に回る。 それと、各隊は交代で仮眠を取るように。頼むぞ」


夜が明け、時刻は0900時。場所は東の森の自衛隊制圧地域に移る。
森の広場にある業務天幕内では、難しい空気が漂っていた。中に置かれた長机を挟んで、一曹と軽装備を纏った男が対面していた。

第一団長「そうですか、紅の国でそんな事が……」

そして軽装備の男は一言呟いた。
一時間ほど前に、森には約束された星橋の街からの派遣部隊が到着していた。彼はその派遣された部隊、第12月詠兵団、第一分兵団の団長だった。
現在も引き渡し作業が行われており、業務天幕の出入り口からは、各作業に当たる隊員と兵団の兵の様子が伺える。

第一団副官「最近妙な感じがすると思ってたけど、まさか魔王軍の名が出てくるとな……」

団長の側に立っている、副官の女が続けて発する。二人はたった今、一曹等から紅の国に関する情報を聞かされた所だった。そしてそれを聞かされた二人の顔は、非常に苦々しい物となっていた。

第一団長「分かりました。お伝えいただき感謝します。しかし……」

第一団副官「今の段階じゃ、こっちからは何もできないだろうな……」

隊員H「おいおい、マジかよ?」

二人のその言葉に、脇に居た隊員Hが声を上げる。

隊員H「こんだけヤバげな話がボロボロ出てきてるんだぜ?おまけに連中はそれを知った村人達を、口封じのために襲ってきやがった。こんだけあんのに、まだその条約とやらに引っかかるのかよ?」

第一団副官「ああ、残念だがその通りだ……。商議会の魔王軍との接触、草風の村の襲撃、どちらも聞き捨てならない話だが、現段階ではあくまで、紅の国国内での出来事だ。月詠湖の王国への明らかな脅威が確認されない限り、他国に介入する事はできない」
       
第一団長「明確な証拠も無いのに踏み込んでいけば、逆にこちらが条約違反とみなされ、他の条約加盟国から刃を向けられる事になります」

第一団長は忌々しそうに言う。

第一団副官「紅の国は緩衝地帯だからな、そのへんの規定は特に厳しいんだ」

隊員E「……厄介だな」

一曹「……ちなみに、介入への正当な理由となる証拠とは、どういった物があれば?」

第一団長「そうですね……紅の国の現役商議員などから、わが国への明確な脅威となるような発言が得られれば……たとえば明らかな侵攻計画など。そういった物を明らかにした上での介入であれば、他の加盟国もその正当性を認めるでしょうが……」

隊員H「それこそ、ヤツ等が正直に"はい、ボクたちは悪いことかんがえてます"なんて言うわけはないわな」

隊員E「おい、隊員H。少し自重しろ」

おちゃらけた調子で言う隊員Hを、隊員Eが咎める。

第一団長「いえ、おっしゃる通りです……とにかく、この件は司令と相談して、こちらからも調査してみます」

一曹「お願いします」

話が一区切り付くと、一曹は背後へと振り返る。

一曹「狼娘さん、長い事待たせてすまなかった」

狼娘「ああ、いや……大丈夫」

一曹の背後、天幕の隅には、そこに用意されたパイプ椅子に腰かける狼娘の姿があった。

第一団長はその狼娘へと向き直る。

第一団長「狼娘さん、今回はこんな事になってしまい、なんとお詫びしたらいいか……」

狼娘「お詫びって……別にあんたらのせいじゃ……」

第一団長「いや、街の外とはいえ、この辺り一帯の治安維持は本来我々の管轄だ。であるにも関わらず、この森に野盗が根付くのを許し、あなたとお仲間に危害が及んでしまった。本当に申し訳ない」

そう言って、団長と副官は狼娘に頭を下げる。

狼娘「よ、よしてくれ……!あんたらに頭を下げられても困るよ……頭を上げてくれ」

第一団長「我々にできる事はあまり多くはありませんが、いくらかの手配をさせてもらいました」

第一団副官「星橋の街の教会へ話を通してある。しばらくの間は教会が君の身を保護してくれる事になってる」

狼娘「それは……」

第一団副官「それか、すぐにでも故郷に帰る事を希望するのなら、ギルドから人を雇って、あなたを送り届けさせる事もできる」

第一団長「もちろん、どちらもあなたの意思次第ですが」

狼娘「……」

それらの案を提示された狼娘だったが、彼女は膝の上で拳を握り考え込んでしまう。さすがに、すぐには決めかねているようだった。

一曹「……まぁ、すぐに決めるってのも無理だろう。しばらく考えるのもいいんじゃないか、その間は俺達のところに居ればいい」

狼娘「……ごめん、そうさせてもらっていいかな」

第一団長「すみません。我々からもお願いします」

一曹「いえ。事態をそちらに持ち込んだのは、こちらですから」

第一団長の言葉に、一曹は言いながら軽い会釈で返した。
その後、一曹等と団長は引継ぎ内容の再確認などを行い、両者の話し合いは終了した。

第一団長「こんな所か……」

第一団副官「団長、私は捜索の現場に合流します」

第一団長「ああ、頼む」

現在、引継ぎ作業と平行して、自衛隊だけでは行いきれなかった森全域の捜索が、兵団の手によって行われていた。

隊員H「そろそろ、ここでの俺達の仕事は無くなって来たな」

一曹「ここではな、他にやる事はたくさんある。隊員E、お前等は先に野営地に戻って、応援部隊の準備を頼む」

隊員E「分かりました」

一曹「狼娘さん、もう少しだけ時間をもらってもいいかい?あなたのキャラバンの所有物だけ分別しないとならないから、それの確認作業だけ付き合ってもらいたい」

狼娘「ああ、分かったよ」

一曹「隊員H、狼娘さんと確認作業を頼む」

隊員H「了解」

そして各々は、それぞれの作業へと掛かるために天幕を後にした。

第一団長「では私も一度、作業に指揮へと戻ります」

それに続いて、第一団長も席を立ち、天幕を出ようとする。

第一団長「そうだ。一曹殿、最後に一つだけ」

しかし第一団長は天幕を出ようとした所で、一曹へと振り返った。

第一団長「あなた方は条約に接しませんので、紅の国での活動も書類上は問題ありません。しかし、紅の国の今の状況を考えれば、あなた方のような組織が国内に居座る事を、商議会は良くは思わないでしょう」

一曹「ええ、重々承知しています」

第一団長「あなた方に任せ切りの立場で、説教じみた事を言って申し訳ない。しかし、彼等は今後も何をしてくるか分からない……十分お気をつけ下さい」

一曹「えぇ……分かりました」

そういった会話を交わした後に、第一団長は天幕を後にした。

一曹(……そこがチャンスになる可能性もあるわけだがな)


同時刻。草風の村から東へ数百メートル地点。
丘の傾斜地に身を隠し、そこから村の様子を伺う者達がいる。

追っ手A「なんだ……どうなってやがる……?」

商議会の配下である追っ手A達だった。盗賊兼傭兵である彼等は数年前から商議会と契約し、商議会が表立って行えない、非合法な仕事を請け負っている。
だが今の仕事は少し毛色が違った。
昨晩、草風の村へ襲撃に出向いた傭兵隊が朝になっても戻って来ず、事態を把握するために、急遽偵察へ出る事となったのだ。
そして彼等は信じがたい状況を目にしていた。
草風の村は本来ならとっくに焼け落ちているはずだった。だが村は無傷ではないものの健在、それどころか、草風の周辺にはおかしな格好の連中が居座っているではないか。

追っ手A「傭兵共、しくじりやがったのか……?こんな小さな村相手に?あの奇妙な連中が絡んでるのか……?」

追っ手D「追っ手Aさん。あのおかしな格好の連中、一体なんなんすか……?」

追っ手Aの横で、彼の配下であるまだ十代半ば程の少年が、困惑した声を上げる。

追っ手A「俺が知るか!糞……とにかく一度戻るぞ!」

露草の町に戻り、商会員に報告しなければならない。追っ手A達は丘の麓に隠した馬へと戻るべく、丘を下ろうした。しかし、

支援A「よぉー、そんなに急いでどこ行くのお?」

追っ手A「な!?」

突然、凄まじく巨大な体躯の何者かが、その進路を塞ぐように姿を現し、立ちはだかった。

追っ手達の居た場所よりさらに少し下った所に、段差になっている所がある。隊員Cと支援Aが回り込んでそこに隠れ、"様子を見に来た追っ手達"の様子を伺っていたのだ。

隊員C「俺等に何か用事があるんじゃねぇのか?」

支援A「俺達も君等のお話聞かせてほしいなぁ」

支援Aは言いながら段差を乗り越えると、片手でMINIMI軽機を構え、状況にそぐわない愉快な笑顔を浮かべながら、追っ手達へと歩み寄る。

追っ手D「な……なんだお前!?」

突然眼の前に現れた、亜人種と見まがうほどの巨大な存在に、追っ手Dはうろたえる。

追っ手A「ッ……クソッ!」

一方の追っ手Aは抜剣しようと、腰に下げた剣に手を伸ばす。しかしその前に、何かが爆ぜるような乾いた音がその場に響き渡った。

追っ手A「ぎぁッ――!?」

追っ手Aの口から悲鳴が上がり、彼の手から剣が落ちる。

隊員C「余計な事すんじゃねぇよ」

支援A「おいたはダメだぜぇ、お兄ちゃん」

支援Aの斜め後ろにいた隊員Cが、自身の護身用の拳銃を発砲。追っ手Aの得物を弾き飛ばしたのだ。
対象を無力化し、支援A等はさらに追っ手A達との距離を詰める。

追っ手D「ぅあ……わぁぁッ!」

目の前を塞ぐ二人を前に怖気づいた追っ手Dは、身を翻して反対方向に逃げ出そうとした。

追ってD「むぷッ!?」

だが身を翻した瞬間、追っ手Dは何かにぶつかった。背後には何もなかったはずであり、追っ手Dは困惑しながらもその顔を上げる。

追っ手D「……ひっ!?」

自衛「よぉ」

そこにいたのは別の巨大な存在だった。

追っ手D「わぁぁ!バケモ――ぐぷぅッ!?」

悲鳴を上げかけたが追っ手Dだが、その前に彼の腹に自衛の拳が叩き込まれた。追っ手Dはあっさりと気を失い、自衛は気絶した追っ手Dを脇へ放り出すと、追っ手Aへと詰め寄る。

追っ手A「追っ手Dッ!クソッ、お前等一体……ぐぅッ!?」

追っ手Aは声を上げかけたが、その前に自衛の手に顎を鷲掴みにされ、その身を掴み上げられた。

自衛「悪ぃが、こっちの質問が先だ。色々知ってそうだな、来て貰うぞ」


一時間後、場面は月詠湖の野営地へ移る。
野営地では草風の村へさらに応援を送るべく、輸送ヘリコプターの準備が進んでいた。

一曹「そうか、やはり偵察を送ってきたか」

隊員E「ええ。現在は確保拘束した者達から、情報を聞きだしているそうです。有益な情報が得られればいいんですが」

一曹と隊員Eは輸送ヘリコプターに向かって歩きながら会話を交わしている。

一曹「俺等が襲撃に介入した事で、向こうさんの計画には狂いが生じた。商議会とやらはそれを取り繕うために、予定外の行動を取らざるを得ないはずだ」

隊員E「送ってきた偵察も、その予定外の一環でしょうね」

一曹「他にもきっとモーションを起こすはずだ。それをうまい事掴めりゃいいんだがな」

話している内に、一曹等は輸送ヘリコプターの側まで到着した。

一曹「ただ、それも大事だが、優先事項は村の安全と邦人の回収だ。くれぐれも気を抜かないでくれ」

隊員E「もちろん、分かっています」

一曹「頼むぞ。俺も引渡し作業が落ち着いたら、陸路で追いかける」

話が終わり、隊員Eは離陸前の確認作業へと向っていった。そして一曹は視線を別の方向へ移す。
視線の先、ヘリの脇に鍛冶兄と鍛冶妹の姿があった。連絡用として転移魔方陣を使用したい日本軍は、両名に協力を要請。鍛冶兄と鍛冶妹はそれを承諾し、応援部隊に同行する事になった。

一曹「二人とも、準備は大丈夫ですか?」

鍛冶兄「あ、えぇ、一通りは。と言ってもそんな大した事はしてないけど」

二人の元に歩み寄り、訪ねて来た一曹に、鍛冶兄は手に持った荷袋を示してみせる。

一曹「しかし二人とも申し訳ない。唯でさえ色々とご迷惑をおかけしているのに、その上、国外への同行などをお願いしてしまって」

鍛冶兄「まぁ、構いませんよ。そっちで行きを送ってもらえるんなら、帰りは転移魔法で一瞬だし」

鍛冶妹「むしろ設置しに行くまでが大変だからねー。活用できる良い機会だと思ってるよ」

鍛冶兄「それに、こっちも色々してもらってるしな」

鍛冶妹「昨日も家の建付け直してもらったしね」

一曹「我々の方も、非常に助かっていますよ。あと少しで出発します、案内の隊員が来ますんで、それに従って搭乗してください」

そう言って一曹は、その場を後にした。

鍛冶兄「……しかし」

一曹を見送った二人は、視線を前方へと戻す。

鍛冶妹「飛ぶんだよね……今から……」

そして眼の前に鎮座する輸送ヘリコプターの巨体を見ながら、そう呟いた。


副機長「チェック終了。異常なしだ」

二尉「了解。エンジン始動する、地上配置の各員は退避せよ」

二尉は地上にいる隊員等に無線で告げる。そしていくつかの操作を行い、機体のエンジンを始動させた。
機体の計六枚のブレードがゆっくりと回転を始め、徐々にその速度を上げる。ヒュンヒュンと風を切る音がやがて轟音へと変わり、ローターが発生させる風圧により、機体の周辺に砂煙が立ち込め出した。

副機長「始動を確認。問題無し」

二尉「機長より各ポジション、報告上げてくれ」

対外「右てき弾手、異常は無しだ」

隊員J「左機銃手、異常なし」

支援C「後部重機関銃……よし」

二尉の声に対して、機内の各銃座から報告が上がる。

二尉「了解。搭乗員、お客さんは?」

搭乗員「二人とも座席に着きました、オーケーです」

てき弾銃が設置してあるキャビンドアのすぐ近くの座席に、鍛冶兄妹は並んで座っている。

鍛冶兄「音がすごい……」

鍛冶妹「大丈夫なの……?」

搭乗員「大丈夫ですよ、リラックスして」

そして機上整備員である搭乗員が、二人の不安を和らげるべく言葉をかけていた。

二尉「よーし、オールオーケーだな。いつでも行ける」

副機長「おい、今度は俺が飛ばす」

計機類の調節確認を終えた副機長が、操縦桿を握りながら、二尉にむけてぶっきらぼうに言い放つ。

二尉「お客もいるんだ、しっかりやれ」

副機長「ハッ!総飛行時間はお前より長い」

ちゃかす二尉に対して、副機長は仏頂面でそう返した。

二尉「固定翼機時代を含めればの話だろ?まぁいい、気は抜くなよ」

操縦士の二人がそんなやり取りを行う一方で、ヘリの後部ランプ付近では一曹と隊員Eが対面している。

隊員E「1000時、第一波支援部隊。出発します」

一曹「1000時、了解」

報告をし、一曹との敬礼を交わし終えると、隊員Eは後部ランプから機内へと乗り込み、
貨物室を通ってコックピットへと向う。

隊員E「二尉、予定人員は全て搭乗完了しました」

二尉「了解」

副機長「離陸するぞ」

搭乗完了の報告を受け、副機長はエンジンのパワーをさらに上げる。そして機体はふわりと浮かび上がった。

鍛冶兄「!」

鍛冶妹「ひぁ……!」

機体が浮かび上がる感触に、鍛冶兄妹は顔を強張らせる。

二尉「50フィートまで上昇、方位020に合わせろ」

副機長「020、了解」

輸送ヘリコプターが一定の高度まで上昇すると、副機長が操縦桿を始めとする各操縦機器を操作し、機体を旋回させる。

副機長「行くぞ」

副機長は機体が指定された方位に向いたことを確認すると、操縦桿を倒す。彼の操作を反映して機体は前進を始め、輸送ヘリコプターは草風の村を目指して航行を開始した。


場面は再び東の森へ移動する。
森の北東側、森の中を通っている道の出口周辺には、現在その場を作業の拠点としている第一分兵団の天幕や馬車が数多く見受けられた。
そしてその一番端には、陸軍の旧型小型トラックも一両止まっていた。

第一団副官「森の中の罠はほとんど撤去した。もう周辺は大丈夫だろうが、しばらくは巡回活動を行う予定でいる」

隊員H「そうしてくれると助かるぜ、こっちもゴタゴタ続きで難儀してるからな」

小型トラックの側では隊員Hと12兵団の副官が話している。いくつかの確認作業に立ち会うために、隊員Hはここまで小型トラックを走らせて来ていた。

狼娘「……」

そして、小型トラックの後席には狼娘の姿があった。気分を少しでも紛らわすために彼女は同行を願い出、現在は漠然と景色や兵団の作業の様子を眺めていた。

隊員H「そういやあの話、伝えてくれたか」

第一団副官「ああ、一応兵士達には通達しておいた。君達の仲間が森の上空を通過するから、何か見えても慌てないようにとな」

隊員H「ありがとよ、辺に混乱させてもあれだからな」

第一団副官「しかし……機械仕掛け空を飛ぶ乗り物と説明されたが、いまいちピンとこないな……翼竜や鷲獅子の類ではないのだろう?」

隊員H「ああ。ま、実際に見りゃ分かるさ」

聞こえてくる隊員H等の話を、狼娘は無気力に聞いていた。当初は彼女自身も日本軍の存在に驚いていたが、商人達の死を知らされて以降、一々驚いたり、疑問に思うのも億劫になっていたのだ。

狼娘「はぁ……」

小さく溜息を吐く狼娘。

狼娘「……ッ!」

しかしその直後、彼女の耳が何かの音をとらえ、ピクッと揺れた。そして彼女は南の方角へと振り向く。

隊員H「ん?どうしたねーちゃん?」

狼娘「音が……風?いや、違う……」

呟きながら、狼娘は灰色の毛で覆われたその狼の耳をピンと立てる。

隊員H「?……ああ、来たかな」

察しがついた隊員Hは運転席に置いてある双眼鏡を手に取り、それを覗く。

隊員H「大丈夫だ、ねーちゃん。さっき話した俺等の仲間だ」

南の空に小さな影が見えた、そして微かにパタパタという音が聞こえてくる。

隊員H「副官さん、見えたぜ」

副官も遠見鏡※(この異世界の、簡単な構造のフィールドスコープ)を取り出し、南の空を見る。

第一団副官「……あれがか……?」

影は数十秒で肉眼でもはっきり分かる大きさになり、音は次第に大きくなる。副官始め、兵団の兵達は作業の手を止めて、接近するそれに視線を向ける。

そしてその巨体を彼等の前へと現した輸送ヘリコプターは、風を切り裂くような轟音と共に、彼等の真上を通過した。

第一団副官「ッ……!」

狼娘「ッ!」

ヘリの轟音に狼娘は一瞬だけ耳を寝かせる。

第一団副官「……すごいな」

副官や兵士達はざわめきながらも、通り過ぎた輸送ヘリコプターを見送る。飛び去る輸送ヘリの後部ランプから、手を振る者の姿が微かに見えた。



輸送ヘリコプターは東の森の上空を通過。後部ランプでは、搭乗員が森の外にいる人影に手を振っていた。据付の重機関銃をはさんだ反対側では、隊員Eも眼下を眺めている。

隊員E「森を通過したか……この距離を一瞬で行き来してたんだな……」

森と野営地の間はおよそ10km程の距離がある。その距離を文字通り一瞬で行き来できる転移魔法の存在に、隊員Eは改めて感心していた。最もその転移魔法の主達は、それ以上に今の状況に驚いていたが。

鍛冶妹「ひえぇ……」

鍛冶兄「飛んでる……本当に……」

鍛冶妹「しかも、かなり速いよねコレ……」

鍛冶兄妹は窓の外を流れてゆく景色に、目を丸くしていた。

隊員E「大丈夫ですか?気分が悪くなったりはしてませんか?」

鍛冶兄「いや、それは大丈夫……」

鍛冶妹「うん……正直、すっごく落ち着かないけどね…」

飛行機酔いなどは起こしていないようだが、二人の表情は相変わらず緊張で強張っていた。

対外「ハーハッハ。こーれはまたなんとも不思議なお話だぁ」

鍛冶妹「へ?」

そんな二人の横から、唐突に奇怪な笑い声が聞こえて来た。声の主はてき弾銃に着く対外だ。

対外「空間を飛び越えられる摩訶不思議な術を持つ諸君等だというのに、空を飛ぶ事にこうも初々しい反応を見せてくれるとは」

何の真似なのか対外は、不気味な笑顔とやたらと芝居じみた口調でそんな事を言ってくる。

鍛冶妹「えっと……いや、まぁ……」

鍛冶兄「そう言われてもな……転移魔法とは感覚もまるで違うし……」

反応に困っている鍛冶兄妹に代わって、隊員Eが口を挟む。

隊員E「……対外陸士長、少しは気を使わんか。彼等は初めて航空機に乗ったんだ、緊張するのは当然だろう」

対外「こーれは失敬失敬、誤解しないでくれ。この摩訶不思議な世界の住人達も、我々同様に驚く事があるのだと知り、感心してしまったのだよ」

鍛冶妹「はぁ……」

対外の発言に困惑、というより若干引き気味の鍛冶兄妹。

隊員J「お前の感想はどうでもいいが、その気色悪ぃ言い回しを止めろって何万回言わせる気だ」

対外の反対側で、備え付けの車載型九二重に着く隊員Jが、しらけた顔で鬱陶しそうに文句を飛ばしてくる。

対外「隊員J。君の見てくれと比べれば、優雅ですらあると思うがねぇ?」

隊員J「ここから叩きだされたいのか?」

隊員E「お前等、それくらいにしておけ……!」

隊員Eは会話に割り込んで、その奇妙なやり取りを止めさせた。

隊員E「それよりちゃんと警戒するんだ、まもなく国境を越えるぞ」

隊員J「言われずとも、やってます」

対外「ハーハッハァ」

両名は適当な反応を返し、監視へと戻った。

隊員E「はぁ……二人ともすまなかった。もし何かあったら遠慮せず、すぐに呼んでくれ」

鍛冶兄「あ、はい」

隊員Eは二人に謝罪すると、コックピットへと向かった。

鍛冶妹「……なんか、変な人達だね」

鍛冶兄「ああ……」

鍛冶兄妹は周りに聞こえない声で呟いた。


隊員Eはコックピットへと顔を出す。

隊員E「二尉、まもなく国境を越えるはずです」

二尉「ああ、分かってる。副機長、念のため高度を少し上げるぞ。1500フィートまで上昇だ」

副機長「了解」

二尉「上げ過ぎるなよ、地形が確認できなくなる。上昇後に進路の修正を忘れるな」

副機長「了解了解」

副機長が操作を行い、機体は上昇を開始する。

二尉「隊員E二曹、お客さんの様子は?」

隊員E「緊張はしていますが、大丈夫そうです」

二尉「そいつはよかった」

隊員E「では、私は監視に戻ります」

隊員Eは貨物室へと戻っていった。

副機長「そんなに緊張できるとは、うらやましいね。こっちゃ退屈で退屈でしかたねぇってのによ」

副機長は上昇操作を行いながらも、退屈そうに呟やく。

二尉「はっはっ、音速を超えた事のある人間はいう事が違うな」

二尉は皮肉の混じった笑みを浮かべて、副機長に問いかける。

二尉「お前聞いてるぞ。T-2改を降ろされて、特例でヘリの基本過程に移った時、その態度でさんざん揉め事起こしたんだってな?」

副機長「そんな事もあったかね」

自分の経歴に付いて言及して来た二尉の言葉に、しかし当人の副機長は興味なさそうに返した。

二尉「やれやれ。ちっとは緊張感を持てよ、今はお客さんを乗せて飛んでるんだからな」

副機長「言われるまでもない、退屈だが油断はしねぇよ」

二尉「ならいいがな、頼むぞ」


草風の村。
自衛、同僚、隊員C、支援Aの四人が村内の道を歩いている。自衛等は先程まで着いていた歩哨任務を別の組と交代し、中心部まで戻る所だった。

同僚「……ひどいもんだ……」

周囲を見渡しながら同僚は呟く。生き残った村人はほとんどは中心部に集まっているため、それ以外の場所は人気が無く、焼け焦げた家屋だけが生々しく残っていた。

隊員C「おぉい?そりゃつまり、いつまでここに居座り続けりゃいいか分からねぇって事かぁ?」

その中で隊員Cの卑屈めいた言葉だけが響く。

自衛「兵団の連中は、証拠が無ぇと介入できねぇと言って来たらしい。すぐに引継ぎができねぇとなると、少なくとも今日明日で撤収は無理だろうな」

隊員C「マジか…よ…歓迎しがたいねそりゃ!」

同僚「お前なぁ、村がこんな状況なんだぞ?少しは物言いを考えろよ」

同僚は、吐き捨てるような口調で言った隊員Cを咎める。

隊員C「言うけどよぉ、こっちだって人数的に余裕があるわけじゃねぇんだぜ?ここに居座り続けてる間は、燃料をなんとかする作業は中断同然だしよ、野営地だって手薄になるだろ」

同僚「確かにそれはそうだが……」

隊員C「その上、例の院生ちゃんとやらの捜索もまだ途中だろ?そんな状況なのに、長い事ここに人数を割き続けるのは、よろしい事とは思えねぇがな?よぉ自衛、マジで無期限にここに居座り続けるのかよ?」

自衛「いや、陸曹達も盲目的に居座り続ける気はねぇだろうよ。隣国を介入させるための糸口を、色々と探ってる。今も、今朝とっ捕まえた奴をゲボらしてる最中だ」

隊員C「そううまくいくのかよ?捕虜にした傭兵は大した情報を持ってなかったんだろ?"雇い主に必要以上の詮索はしないー"とかご立派にほざいてよ。それに、とっ捕まえた連中が情報を持ってる保障はあんのか?」

自衛「さぁな、吐かしてみなけりゃ分からねぇ。ただ、目処が立たないようなら、村人を国外に脱出させることも考えてるらしいぜ」

同僚「それならここを守り続けるよりは、負担も少ないが……けど、村の人達はきっと故郷を離れたくはないだろうな」

隊員C「そんな悠長な事言ってる場合かよ。俺だったらこんな面倒事の中心地からは、とっととオサラバしたいがね」

自衛「感想は結構だが、今の話はあくまで最終手段だ。まだ、村人には話すなよ」

支援A「ハハァッ、お口にチャックだってよ、隊員C」

隊員C「了解了解、クソッタレ」

隊員Cは両手をヒラヒラさせながら、適当に返事を返した。

同僚「はぁ、せめてもっと人数がいればな……設備機材は大量に揃ってるのに……」

隊員C「あぁ、そのへんには同意してやるよ」

同僚「はっ、お前と意見が合うなんて珍しい」

同僚は苦笑いで隊員Cに返す。

隊員C「それでよ、そのへんに関してちっと奇妙だと思う事があるんだがよ」

支援A「あぁ?」

自衛「話してみろ」

隊員C「中央補給区域※にはいろんなモンが大量に集積してあったんだろ?実際、膨大な量の武器弾薬、機材が一緒に飛ばされてきて、俺達はそれを好き勝手使ってるわけだ。大部分は持て余してっから分屯地でおねんね中だけどよ」

※(演習場内に設営されていた補給地点。各管区隊、団への補給に対応するために、多くの支援部隊が集結していた)

同僚「ああ。私達が偵察に出ている間、それらの再集積が大変だったらしいぞ。車両数は限られてたからな」

隊員C「それだよ。弾薬や機材の膨大さに対して、車両やら人数やら燃料やらの数が半端じゃねーかって話だ。補給区域にはもっと人数がいて、車両燃料も十分あったって聞いてるぜ?それが、まるで欠け落ちたみたいな半端さじゃねぇか」

同僚「欠け落ちた、って……確かに妙ではあるが」

支援A「ただの偶然なんじゃねぇのかぁ?」

隊員C「あぁ、それを言っちまえば終わりだよ。そもそも異世界に吹っ飛ばされてる時点で、理屈もハゲもねぇんだろうけどよ。唯どうせ飛ばすんなら、もっと利便のいい形で飛ばしてくれりゃよかったのに、って思ったんですぅ!」

隊員Cは軽く目を見開き、嫌味ったらしく言い切った。

同僚「結局愚痴かよ……」

自衛「それなりに気になる考察だが、無いモンを駄々こねてもしょうがねぇ。とにかく今はあるもんでなんとかするんだ」

同僚「そうだな。それと、考察はいいけど、嫌味抜きで聞かせて欲しいもんだよ」

話している内に自衛等は避難区域へと到着した。到着すると同時に、道に止まっている指揮通信車から、隊員Gが向ってくるのが見えた。

隊員G「自衛。お前の組、今手空きか?」

自衛「えぇ、さっき歩哨から上がった所です」

隊員G「そうか。歩哨の直後で悪いんだが、もうすぐ輸送ヘリが到着する。作業の支援に行ってくれないか」

隊員Gのその言葉を証明するかのように、輸送ヘリコプターのローターの回転音が、遠くから微かに聞こえて来る。

自衛「いいでしょう」

隊員G「すまん、頼む」

他にもやる事があるのだろう、隊員Gはそれだけ言うと小走りでその場を去って言った。

隊員C「さっそく良い例が出たなぁ、人手不足で息つく暇もありゃしねえよと」

自衛「ヘリは北の空き地に誘導される手筈だ。とっとと片付けちまおう、行くぞ」

自衛が言った直後に彼らの真上を、飛来した輸送ヘリコプターがけたたましい音を立てて通過していった。



避難区域より150m程北側の村の一角に、開けた場所がある。草風の村上空へ飛来した輸送ヘリコプターは、上空でホバリングに入り、機体を安定させるとゆっくりと降下を開始。轟音と砂埃を上げながら開けたスペースへその巨体を着陸させた。

二尉「接地を確認」

副機長「エンジン停止する」

副機長が手順に沿って操作を行い、ヘリコプターのエンジンは停止。ローターは次第に回転数を下げ、やがて停止した。

鍛冶妹「ふえー……」

鍛冶兄「ついたのか……」

機体が地上へ降り、振動と轟音が鳴り止んだ事で、鍛冶兄妹は緊張状態をようやく解き、安堵の溜息をついて脱力した。

対外「空の旅は楽しかったかね?銀髪の少年少女たちよ」

そんな二人に対外は怪しげな口調で問いかけてくる。

鍛冶兄「少年少女って……」

鍛冶妹「そんな呼ばれ方する年じゃないんだけど……」

隊員E「こいつの言う事は聞き流してください。隊員J予曹士、ここを任せるぞ。隊員D、お前は鍛冶兄さん達の案内を」

隊員D「了解」

隊員Eは各位へ指示を出すと、後部ランプから機外へ降りる。その時ちょうど、道の先から自衛達がやってきた。

隊員E「自衛陸士長」

自衛「どうも、隊員E二曹」

両者は互いに敬礼を交わす。

自衛「こっちの作業の手伝いをするよう言われてきたんですが」

隊員E「隊員J予曹士に任せてあるから、彼に指示を仰いでくれ。私は補給二曹に報告をしたいんだが」

自衛「そこの道を行った先が、住民の避難区域になってます。補給二曹はそこに併設した指揮所に」

隊員E「分かった、ありがとう。ああ、それと鍛冶兄さん達が一緒に来ている。彼らのことも頼めるか?」

隊員C「あいつらか……いつから俺達はアイツ等の保護者になったんだぁ?」

自衛の後ろで隊員Cがぼやく。

自衛「ぼやくな隊員C。鍛冶兄妹の面倒はこっちでみておきます」

隊員E「頼むぞ」

隊員Eは自衛達とは分かれ、避難区域へと向って行った。

一方、ヘリのランプ付近には、隊員Dの姿があった。

隊員D「またこんな風景か……」

隊員Dは周囲を見渡しながら苦い表情を浮かべている。空き地の周辺には、焼け焦げた民家がいくつか見受けられた。

支援A「よーぉ、ご到着だな!」

そこへ支援Aの大声が響き、隊員Dはこちらへ来る自衛達に気が付いた。

隊員D「自衛さん、どうも」

自衛「隊員D、鍛冶兄達は一緒だな?」

隊員D「ええ、機内に」

隊員Dは機内の鍛冶兄達を視線で示す。

隊員D「二人とも、足元に気をつけてくれ」

鍛冶兄「あ、ああ」

隊員Dはちょうどランプを伝って降りようとしていた鍛冶兄達に注意を促した。

同僚「あの二人大丈夫か?顔が少し青いように見えるが……」

隊員C「そりゃそうだろ、アイツ等ヘリに乗るなんて初めてだろうからな。ところで隊員D、お前のお勤めは終わったのかよ?」

隊員D「ああ、昨晩で48時間の謹慎は解けた」

隊員C「で、そいつ等のお守でくっついて来たってか」

機外へ降りてきた鍛冶兄妹に視線を向けつつ発する隊員C。その表情は心底面倒臭そうだった。

鍛冶妹「顔合わせた途端にそれ?少しは愛想よくしてもいいんじゃない?」

隊員C「じゃあ、一緒にワルツでも踊りましょうかぁ?え?」

自衛「茶番は後にしろ。二人とも早速で悪ぃが、転移陣地の設置を頼めるか」

鍛冶兄「あぁ、もちろん。こっちも着いたらすぐに掛かるつもりだったしな」

自衛「助かる。隊員J!」

自衛はヘリの機内へ向けて声を掛ける。

自衛「鍛冶兄達のお守に二人ほど貼り付けるが、いいな?」

隊員J「あぁ、かまわん連れてけ。こっちは5〜6人いればいい」

自衛「よぉし。隊員C、隊員D、鍛冶兄達と一緒に行け。接地に都合のいい場所を探して、天幕を設置しろ」

隊員D「了解」

隊員C「へーへー」

自衛「鍛冶兄、鍛冶妹、こいつらについてってくれ。同僚と支援Aは機材の積み下ろしだ」

同僚「あぁ、分かった」

支援A「了解だぁ」

自衛「よぉし、早いトコ終わらせようぜ」

各々はそれぞれの作業、役割へと取り掛かった。


避難区域へとたどり着いた隊員Eは、一角に設置された指揮用の業務用天幕を見つけて天幕内を覗く。その中に、置かれた長机の前に立つ補給の姿があった。

隊員E「補給二曹」

補給「ん?おお、お疲れさん。よく来てくれた」

隊員Eの姿に気付いた補給に迎え入れられ、鉄帽を脱ぎながら天幕の入口をくぐる。

隊員E「お疲れ様です。こちらの状況は?」

補給「なんとか整理はついてきた所だが……まだやるべき事はたくさんだ。とりあえず、ここの住民の安否だけは全て確認できた。今は村の周辺を警戒しながら、生存者の救護活動中。それと、平行して遺体の埋葬を行ってる。……村の南側、見たか?」

隊員E「ええ……上空を通過した時に」

輸送ヘリコプターが村の南側上空を通過した時に、隊員E等は一帯の土が掘り起こされているのを目撃していた。それらは遺体の埋葬のために掘り起こされた物だった。

補給「酷いもんだよ」

補給は長机の端にあるメモ帳を手元に寄せる。

補給「この村の元々の住民の数は117人だそうだ。そして、今朝までの捜索で43名が遺体で発見された。さらに保護できた負傷者の内、4名が今朝までに息を引き取った。現在の生存者は70名だが、内15名は重傷だ」

隊員E「……」

補給「それと村人とは別に73名分の遺体を回収。この国の政府、商議会に雇われた傭兵のものだ。合わせて100を越える遺体の埋葬に、かなり手間取ってる。村の人達も何人かが手伝ってくれてるんだが、夜まではかかるだろうな……」

補給は苦い顔で呟き、小さな溜息を吐いた。

補給「……まぁ、今の状況はそんな所だ」

隊員E「そうですか……そうだ、補給二曹。拘束した偵察らしき者たちは、どうなりました?」

補給「あぁ、それなんだがな―――」


避難区域から出て少しのところに、半壊した一軒屋がある。その一軒家の一室を借りてそこを取調室とし、拘束した追っ手の尋問が行われていた。

部屋には一組のテーブルと椅子が置かれ、その片方に追っ手Aが座らせられている。反対の椅子にはFV車長、机の横には砲隊Bの姿もあった。

FV車長「……おい、いい加減話してみたらどうだ?」

FV車長は追っ手Aを睨みつけながら問う。

追っ手A「……何をだ?」

FV車長「お前達の目的だ。あんなところで何をしてた?」

追っ手A「言ってるだろう、俺達は通りがかっただけだ」

だが問いかけに追っ手Aは、涼しい顔でそう答えるだけ。

FV車長「見え透いた嘘を吐くな。"傭兵のヤツ等がしくじった"そんな事を言っていたそうだな?奴等とどういう関係だ?一体誰の差し金なんだ?」

追っ手A「何のことだかさっぱりだな。あんたらの仲間が聞き間違えたんじゃないか?」

砲隊B「君なぁ……いつまでもそんな嘘が通用すると思うのか?」

追っ手A「通用も何も、知らないものは知らない」

FV車長「ッ……」

このようにFV車長達が何を問いかけても、追っ手Aはとぼけたような返事を返すだけだった。

補給「……ずっとあの調子だ」

隊員E「なるほど……」

補給と隊員Eは少しだけ開けたドアから、部屋内の様子を伺っている。そこは廊下で、補給や隊員Eの他、見張りの砲隊A等の姿もあった。

砲隊A「埒が明きませんよ。多少、手荒な手段に出てもいいと思いますがね?」

砲隊Aは補給に対してそんな発言をする。その表情は若干イラついていた。

補給「乱暴を言うな」

だが補給は視線を部屋内に向けたまま、その意見を否定する。

補給「暴力は許可しない。森での一件の時は、事情が事情だったから多くは言わなかったが、暴力措置が慢性化する事は許さん」

砲隊A「そうは言いますが」

補給の言葉に対して砲隊Aは食い下がろうとしたが、それを遮るように廊下の先の玄関から別の隊員が入ってきた。

隊員B「っと、お疲れ様です」

姿を現した隊員Bは、補給や隊員Eの姿に気付いて敬礼する。

補給「どうした?あったのか?」

隊員B「ええ。もう一人のほうが目を覚ましたので、知らせに来たんです。なので、ちょっと失礼します」

そう言うと隊員Bは補給等の間を通って、ドアをくぐった。

隊員B「FV車長三曹」

FV車長「ん、隊員Bか。どうした?」

隊員BはFV車長へ耳打ちする。

FV車長「……わかった、連れて来い」

隊員B「了解」

返事をした隊員Bはすぐに部屋から出て行った。それを見送ったFV車長は、追っ手Aへと向き直る。

FV車長「お前さんの相方が目を覚ましたそうだ。交代だ、少し頭を冷やせ」

追っ手A「……」

FV車長のその言葉に、追っ手Aはつまらなそうな表情を返すだけだった。

FV車長「砲隊A!こいつを戻してくれ」

砲隊A等、見張りの隊員が部屋へと入って来て、そして追っ手Aを部屋から廊下へと連れ出す。

隊員E「砲隊A」

その途中で隊員Eが砲隊Aを呼び止めた。

砲隊A「はい?」

隊員E「ちゃんと見張ってくれ、くれぐれも自殺とかさせないようにな」

そしてそう念を押す。五森の公国の砦での戦闘で、敵将軍に自害された前例を鑑みての言葉だった。

砲隊A「了解です、見張りを厳重にします」

隊員E「頼むぞ」

そして追っ手Aは玄関から連れ出されていった。

補給「お疲れさん。FV車長三曹、砲隊B一士」

それを見送ってから、補給等は部屋へと入り、FV車長等に声をかける。

FV車長「補給二曹。隊員E二曹も、お疲れ様です」

補給「すまんな、慣れないことを押し付けて」

砲隊B「自分は一応慣れてるからいいですけど……」

FV車長「あの野郎ずっとあの調子で、こっちのほうが疲れちまった……」

言いながらFV車長は肩を回す。

隊員E「見てたが、本当に知らないの一点張りだったな」

FV車長「ええ。ですが、何かしらの情報は持ってるはずです。無関係の人間なら、あんなふざけた態度はできねぇ」

FV車長は疲れとイラつきの混じった口調で言った。

隊員E「厄介だな……」



避難区域の片隅。そこに天幕が一つ設置されている。

隊員D「握把と銃身をしっかり握って構えるんだ。 そしたらストックを肩に押し当てて安定させる」

鍛冶兄「こうか?」

隊員D「オーケー。そうすると、照準が目で覗ける位置まで来るだろ?構えた状態で、両方が重なるようにそれを覗くんだ」

その脇で、隊員Dは銃のとり扱いの指導をしている。指導を受けているのは他でもない鍛冶兄だった。鍛冶兄の手には小銃が握られ、隊員Dの指示に従って構えの姿勢を取っている。

隊員C「……よーぉ、そいつに教えてなんの意味があるんだぁ?」

端でだらけながらそれを見ていた隊員Cが口を挟む。

隊員D「教えるくらいはいいだろうよ。兄ちゃん達には色々面倒かけてるし、長い事居座ってんのに、俺等の事を正体不明のままにしとくのも良くないだろ?」

隊員C「感心だねぇ。地域との交流に意欲的なようで」

そう発する隊員Cだが、その口調はどう聞いても感心しているの者のそれではなかった。

隊員D「ったく……中断してすまん」

鍛冶兄「いや、いいよ。で、次は?」

隊員D「ああ、前後の照準を重なるように覗くだろ。そしたら、その態勢を崩さないようにしながら、照準の先に目標を捕らえるんだ。そうだな、あの建物の出窓を狙ってみてくれ」

鍛冶兄「あれか、分かった」

隊員D「撃つ直前まで、引き金には指を掛けないようにな。動く時は銃だけじゃなく、上半身ごと捻るように動くんだ」

鍛冶兄は言われたとおりに、指定された家屋の出窓を狙う。

隊員D「照準を合わせたら、引き金を引くんだ。このとき体を動かさないようにな」

そして鍛冶兄は引き金を引いた。彼の持つ小銃は、今は弾倉も弾丸も込められていないため、ガン、と激鉄が降りる音だけが響いた。

隊員D「戦う時には弾倉を込めてこれをやる、すると」

鍛冶兄「ヤッキョウ……につめられた粉が破裂して、先についた鉛を打ち出す……」

隊員D「そういうことだ」

鍛冶兄は構えを解き、手の中にある小銃を眺める。

鍛冶兄「取り回しはなんとなくクロスボウに似てるな」

隊員D「あぁ、発想は似通ってるかもな」

鍛冶兄「だが……一度に撃ち出せる数が違う。弓を引き直す手間もない……」

隊員D「それだけじゃないぜ。弾丸は矢に比べて風の影響を受けにくい。それに、なにより殺傷力が違う」

鍛冶兄「よくできてるな……」

鍛冶兄は感心しながら、小銃を隊員Dに返した。

鍛冶妹「兄貴〜……」

傍にある天幕内から、鍛冶妹の声が聞こえてきたにはその時だった。

鍛冶兄「?」

隊員C「あんだぁ?」

鍛冶兄は天幕内へと入り、隊員Cも天幕内を覗き込む。天幕内には大きな布が敷かれ、布の上にはインクで描かれている最中の魔方陣が見えた。

鍛冶妹「どうすんだっけ……分かんなくなっちゃった……」

鍛冶妹は助けを求めるように鍛冶兄を見上げる。

隊員C「あぁん?この前は"じゃましないよ〜にぃ〜"とか言って、一人で得意げに書いてなかったかぁ?」

鍛冶妹「う、うるさいなぁ……」

鍛冶兄「お前教本を忘れてきたな?ったく、だから暗記しておけと言ったのに……どれ?どこで詰まってるんだ?」

書かれている途中の魔法陣を覗き込む鍛冶兄。

鍛冶兄「……最初の基礎術式と、この魔方陣の指定式は書いてあるな。その先は各転移先の指定式を書く……って、家の魔方陣の指定式までは書いてあるじゃないか」

鍛冶妹「んー、その先……ここで一度完結記号でくくるんだっけ……?」

鍛冶兄「違う。そのまま続けて他の場所の指定式を書く。そして最後に魔方陣の完結式を書くんだ」

鍛冶妹「あー、そっか」

隊員C「まるでプログラミングだなぁ」

後ろからそれを見ていた隊員Cは、関心とも呆れともつかない口調でそう呟く。

鍛冶兄「……ん?ちょっと待て!お前、最初のほう描き間違えてるぞ」

鍛冶妹「うえ!?どこ!」

鍛冶兄「ここだ、基礎術式とこの魔法陣の指定式の間の完結記号。余計な単語が混じってる。これじゃ転移できないぞ」

鍛冶妹「あ……」

鍛冶兄「ったく……まだお前、荒が多いな」

鍛冶妹「うぅ……ねー、やっぱり兄貴が描いてよ。その方が早いし正確でしょー?」

鍛冶兄「馬鹿言うな。魔力を持ってるお前が描けなくてどうする。ほら、後は一人で書けるだろ」

鍛冶妹「むぅ、わかったよ……」

鍛冶妹は少し不服そうな顔をしながらも、魔方陣の続きを書き始めた。

隊員C「おい、大丈夫なんだろうな?下手して、訳分かんねー所に飛ばされるなんざゴメンだぞ?」

天幕から出て来た鍛冶兄に隊員Cは問いかける。

鍛冶兄「大丈夫、それは心配ないよ。設置式の転移魔法は、指定が少しでも違えば発動しないから。少なくとも事故にはならない」

隊員D「設置式?妹ちゃんが今描いてるあれは、そう言うのか」

鍛冶兄「ああ。魔方陣を描いて、そこから別の魔法陣に転移するのが設置式。もう一つの、術者がその場で詠唱して転移するのが詠唱式だ」

隊員D「森で妹ちゃんがやってたヤツだな」

鍛冶兄「そう。ちなみに、詠唱式も正しい詠唱をしなければ発動しないから、事故の心配は無いよ」

隊員C「ハッ、だといいがね」

隊員D「その二つは、具体的にはどう違うんだ?」

鍛冶兄「違いはいくつかあるが……まずは君等も見た通り、発動の方法。そして発動にかかる手間だな。設置式は設置に手間も時間も掛かるし、何より最初は目的の場所に設置しに行く必要があるけど、詠唱式はその手間が無く、その場で発動できる」

隊員D「ほぉ」

鍛冶兄「そして移動先。設置式は魔法陣を設置した場所にしか転移できないが、任意の場
所に転移する事ができるんだ」

隊員C「で、その詠唱式とやらは飛べる距離がみじけぇんだろ?アイツが言ってたぞ」

鍛冶兄「いや、そういうわけじゃない。詠唱式は、術者の保有する魔力と転移できる距離が比例するんだ。だから術者が強い魔力を持っていれば、それだけ遠くに飛べる」

隊員C「あぁ?ってーと、アイツは魔力とやらが足りてねぇから、遠くには飛べねぇって事か」

隊員Cは嫌味ったらしく言ったが、鍛冶兄はそれを否定した。

鍛冶兄「いや、アイツの魔力はなかなかの物だよ。魔力の強さだけで見るなら、詠唱式で結構な距離を飛べるはずだ」

隊員C「じゃ、なんでアイツは目視できる範囲しか飛べねぇんだ?」

鍛冶兄「それは単に鍛冶妹の技能的な問題なんだ。一つは単に暗記力。飛ぶ目標が長くなると、それに応じて詠唱内容は長く複雑になるからな。そしてもう一つは、アイツが遠方知覚の能力を持って無い事」

隊員C「なんだそりゃ?」

鍛冶兄「遠くの場所の状況を把握することができる、遠方知覚魔法というのがある。詠唱式転移魔法はそれで転移先の状況、そして安全を確認してから飛ぶんだ。様子が分からない場所に、いきなり飛ぶのは自殺行為だからな」

隊員D「あぁー、そりゃそうか」

鍛冶兄「本来は詠唱式転移魔法と遠方知覚魔法は組み合わせて使うものなんだが……アイツが遠方知覚の習得に根を上げちまってな。だから、目視の範囲でしか飛べないんだ」

隊員C「でぇ?代わりに不便な設置式を使ってるってか?」

鍛冶兄「そういう理由も無いわけではないが……詠唱式が一方的に優れているわけじゃない。設置式には設置式の利点がある」

隊員D「というと?」

鍛冶兄「まず一つ、設置式は設置するときは面倒だが、一度設置できれば距離に制約は無いんだ。だから単純に長距離を移動するなら詠唱式に、特定の箇所を何度も行き来するなら、設置式のほうに利がある」

隊員D「ほぉ……」

鍛冶兄「そして二つ目は、君達も体験してるはずだ。詠唱式は詠唱者がいないと他者は転移できないが、設置式は一度設置さえできれば、詠唱者以外も転移できる」

隊員D「あぁ、確かに…アレ使って、森と野営地を好き勝手に行き来してるしな」

鍛冶兄「というわけで、どっちにも利点と欠点があるんだ。本来は両方を使い合わせて、その欠点を補い合うんだが……さっき言った通り、アイツは詠唱式のほうが不完全でね」

隊員C「つまり、やっぱり足りてねぇ所があるわけってわけだ」

鍛冶妹「なんかさっきから、あたしの悪口が聞こえてきてるんだけどー?」

隊員Cの嫌味を聞きつけたのか、天幕内から鍛冶妹の声が聞こえて来た。

隊員C「気のせいじゃござんせんかねぇ!」

隊員Cはそんな返事で返して、話を続ける。

隊員C「所で今更だけどよぉ、そんなモンが存在するなら、町とかの守りはどうなってんだ?」

隊員D「言われてみりゃ……ここに来るまで、城壁で囲まれた町を見てきたけどよ。城壁とかも意味を成さねぇよな?」

鍛冶兄「あぁ、だから大きな街とかは大抵、障壁魔法というのを張ってるんだ。これで内外からの転移を弾いて、街への侵入を防ぐ。更に感知魔法というのもあって、これは内部に無断で設置された設置式魔方陣を発見、種類によっては発動できないよう無力化する事ができる」

隊員D「成る程。そりゃまた便利なモンがあるんだな」

鍛冶兄「まぁ、それ以前に転移魔法は使える人間自体が少ないから、転移魔法がらみの騒ぎはほとんど聞かないけどね。あれは簡単に覚えられる物じゃないから」

隊員C「ほぉう?つまり、アイツはあれでもエリートってか」

鍛冶兄「そうまでは言わないけど……身内が言うのもあれだけど、光る物はあると思うよ」

隊員D「っつーか、そう言うあんたは妹ちゃん以上に詳しいみたいだけどよ?あんたも転移魔法が使えるのか?」

鍛冶兄「……いや、俺は使えないんだ。ただアイツを手助けしてるうちに詳しくなっただけだよ」

そう言った鍛冶兄だが、その表情には少し陰りが見えた。

隊員D「?」

鍛冶妹「兄貴ー、できたから確認お願い」

鍛冶兄「……あぁ、今行く」

だが、天幕内から鍛冶妹の呼ぶ声がし、鍛冶兄は再び天幕内へと入っていった。

対外「やーぁ、諸ぉ君!元気かねぇ?」

鍛冶兄が天幕内へ姿を消すのと入れ違いに、そこへ隊員Jと対外がやってきた。

隊員C「まーた、おかしなのが来やがったぜ」

胡散臭い挨拶と共に現れた対外に、隊員Cは悪態を吐く。

隊員J「暇そうだなお前等。転移魔法とやらの設置は終わったのか?」

隊員D「一応、今終わったみたいですよ。兄ちゃんのほうが最後の確認してる所です」

隊員Dは後ろの天幕を親指で示してみせる。

隊員J「そんならお前等は暇って事だな。どっちか一人、俺等と来い。北側の監視、陣地構築作業の交代だ」

隊員C「ふざけんな、俺は一時間前に終えたばっかだぜ!そもそも昨日から戦い詰めだし、今だってあいつ等のお守で――」

隊員J「じゃあいい。お前はここでお守を続けろ」

苦言を垂れ流そうとした隊員Cだったが、隊員Jはそれを途中でピシャリと遮り、端的に命じた。

隊員C「チッ」

隊員J「隊員D、一緒に来い」

隊員D「はー、了解」

隊員Dはやれやれといった様子で、自分の銃を抱えて立ち上がる。

隊員D「そんじゃあ、クタクタの隊員Cおじいちゃんの代わりに、一仕事してくるぜ」

隊員J「その内自衛達が来る。お前はそれに合流しろ、その間に面倒は起こすなよ」

隊員C「へぇへぇ了解ですぅ、予曹士殿!とっとと失せてくれ!」

隊員J「行くぞ」

心底鬱陶しそうな表情の隊員Cの見送りを受けながら、隊員J等は隊員Cの元を後にした。

隊員C「ったく……樺太帰りの気色悪いパッパラパー共が」

隊員J等の姿が見えなくなってから、隊員Cは一言呟いた。



隊員Cの所を後にした隊員J等は、北側の監視地点に向うために、避難区域を横切っている。

砲隊A「下手な真似はしてくれるなよ」

追っ手A「……」

その途中で追ってAを連行して行く砲隊A達と出くわした。すれ違いざまに、隊員Jが砲隊Aに声をかける。

隊員J「おい、お客さんとの会話は弾んだか?」

砲隊A「いんや、随分とマナーのいいお客さんのようでな――」

砲隊Aは皮肉めいた表情で言いながら、追っ手Aを指し示す。

追っ手A「……」

指し示された追っ手Aは、仏頂面で明後日の方向に目を向けていた。

対外「……ふむ」

砲隊A「こんな風に、ずっとだんまりだ……ほら行くぞ」

そうして、追っ手Aは連行されていった。
隊員J達はさらに歩き、はずれにある尋問に使われている一軒家の前まで来る。そこでちょうど、追ってAと交代で連れて来られた追っ手Dが、屋内へと入って行くのが見えた。そして屋内へと消えた追っ手Dと入れ違いに、補給と隊員Eが出て来た。

対外「おぉや」

出てきた補給等は何らかの会話を交わしているが、その表情は渋いものだった。

隊員D「……補給二曹達、なんか辛気臭い顔してますね」

隊員J「どうやら尋問は芳しくないようだな」

隊員D「俺達は刑事じゃないですからね、専門の人間でもいりゃいいんですが……」

隊員J等は言いながら、一軒家の前を通り過ぎようとした。

対外「隊員J、私は少しはずさせてもらうが。いいかね?」

だがその時、対外が唐突にそんな言葉を吐いた。

隊員J「あ?」

唐突な台詞に、隊員Jは怪訝な表情で振り返り対外を睨む。

対外「少し出番がありそうなのでねぇ」

だが対外はそれだけ言うと、返事を待たずに身を翻し、一軒家の方向へと歩き出していた。

隊員D「え、対外士長?ちょっと、どこへ?」

対外「はーはっはぁ!」

隊員Dが対外の背中に問いかけるも、対外は片手を挙げ、奇妙な笑い声で返すだけだった。

隊員J「イカレ野郎が。行くぞ隊員D」

一方の隊員Jは一言悪態を吐くと、対外を無視して監視区域に向けて歩き出した。

隊員D「え!?しかし……!」

慌てて隊員Jを追いかける隊員D。

隊員J「心配ない。途中で支援Cを拾って、頭数はそろえる」

隊員D「いや、それより……対外士長はなんだって突然……?いいんですか?」

隊員J「ほっとけ、てめぇの仕事をしに行ったんだろうよ」

隊員D「仕事?」

隊員J「お前がさっき言った"専門"のだ。多少捻じ曲がっちゃいるがな」


一軒家の尋問使われている一室では、追っ手Aに変わって追っ手Dが椅子に座らせられ、尋問が開始されていた。

追っ手D「……俺は何も知らねぇ……」

追っ手Aと同様に、追っ手Dは何も知らないと主張し続けていた。だが追っ手Dの表情や口調には、追っ手Aのような余裕や冷静さは感じられない。
それは尋問という状況だけでなく、彼がまだ十代半ばの少年である事も、理由の一つであった。

FV車長「そんなわけあるか!お前達がここを襲った傭兵と関係してるのは明らかだ!知っている事を話せ!」

FV車長は相手が少年という事で、内心は心苦しい思いであったが、心を鬼にしてしつこく問いただし、口を割らせようとしている。

追っ手D「本当に知らねぇ……通りすがりだって言ってるだろ……!」

だが追っ手Dも少年とはいえ、その手の仕事に携わる者としての意地があるのか、一筋縄では行かず、なかなかに口を割ろうとはしなかった。

砲隊B「FV車長三曹、少し落ち着いてください」

FV車長「ッ……はぁ……」

気構えが行きすぎ、ヒートアップしすぎていた所を砲隊Bに宥められ、FV車長は眉間を抑えて溜息を付いた。

FV車長(糞、素人にこんなことさせてくれるなよ……)

そして心の中で悪態を吐くFV車長。そんな彼の、背後から奇妙な台詞が聞こえて来たのはその時だった。

対外「事態を進展させるキーワードは見つかりましたかなぁ?」

FV車長「?」

FV車長達が振り返ると、開かれた部屋の入口に対外の姿があった。

FV車長「お前、確か北方対※の……」
※ 『北部方面対国外行動隊』の略称、北部方面隊内に設置される架空の部隊。

対外「ごー機嫌よぅ、FV車長三等陸曹」

およそ隊員の物とは思えない挨拶と共に、対外は部屋内へと入って来る。その後ろには、続いて入って来る補給の姿も見えた。

対外「少し、彼と話をさせてもらえますかなぁ?」

FV車長「話って……」

FV車長は補給へと振り返る。

補給「途中で割り込んですまん、FV車長三曹。対外士長が取調べを自分にやらせてくれと言って来てな、少し彼に任せてみようと思うんだが」

FV車長「俺は構いませんが……いいんですか?アイツは"北方対"の人間ですよ……?」

補給「彼には、暴力を手段として使うなと厳命してある。分かっているな、対外陸士長?」

対外「はっはっはぁ、いいですとも。時に違う道を通ってみる事も、何かとめぐり合えるチャンスかもしれない」

FV車長「あぁ……?何言ってんだお前?」

対外の奇怪な発言に、FV車長は怪訝な表情で彼を見つめる。

補給「まぁ……なんでもいい、とにかく任せるぞ。FV車長三曹、君にも引き続き尋問の監督を頼みたい」

FV車長「ええ……分かりました」

少し戸惑いつつも、補給の言葉を了承するFV車長。補給は「すまんな」と言うと、部屋を後にした。

対外「さぁてぇ――よろしいかなぁ、少年よ?」

対外は机の前に立つと、追っ手Dの顔を覗き込んだ。

追っ手D「ッ……!?」

対外の常にニヤついているような、薄気味悪いその表情と眼を前に、追っ手Dは顔を歪める。

追っ手D「お、俺は何も知らねぇって……!」

対外「まぁーまぁ、落ち着きたまえぇ。君も疲れているだろう。そうだ、気分転換にいくつかお話を聞きたくはないかね?」

追っ手D「……は……はぁ?」

唐突にそんな事を言って来た対外に、追っ手Dは呆けたような顔になる。

FV車長「おい、対外士長。一体何を始めるつもりだ?」。

対外「焦らずに、三曹。さて、まず何を話そうかぁ―――」


それから二時間後。部屋には再び追っ手Aが連れて来られていた。

砲隊A「座れ」

追っ手A「……」

砲隊A等の手によって、追っ手Aは椅子へと座らせられる。

追っ手A(クソ、しつこい連中だ。……しかし、コイツ等本当に一体なんなんだ?)

椅子に座らせられた状態で、追っ手Aは周囲を目線で見回しながら、考えをめぐらしていた。

追っ手A(この村の住人ってことは有り得ねぇだろうが、月詠湖の兵団とも思えねぇ。なのに、何でこうもしつこく探りを入れてきやがるんだ?どこぞの傭兵か?にしても格好に顔立ち、他にも色々と妙だ……クソ、思い当たる節がねぇ)

しかし考えるも、追っ手Aは納得の行く予測を立てる事すらできず、心の中で悪態を吐いた。

追っ手A(チッ……まぁ、なんでもいい。どうせ今日の深夜には、凪美の町にいる傭兵連中の本隊が、この村に奇襲攻撃を掛ける事になってるんだ。それまではぐらかせばいい。それに何より……)

追っ手Aは目の前の、何かを話し合っているFV車長等を盗み見る。

追っ手A(理由は知らんが、こいつらの尋問は恐ろしくぬるいしな。ただ威圧的に質問をしてくるだけで、拷問を行ってくる様子が無い。余裕だ……)

そう思いながら追っ手Aは視線を手元に戻し、これまで通りの素知らぬ表情を作ろうとする。

対外「やーぁ」

ぬっ、と。追っ手Aの背後から肩越しに、対外の顔が現れたのはその時だった。

追っ手A「――ッ!?」

突然自分の顔を覗きこんできた対外に、追っ手Aは思わず声を上げかける。

対外「御ぉ機嫌よう、良き人よ!気分のほうはいかがかねぇ?我々の勝手でご足労願って申し訳ない、まずその無礼を詫びよう。さて、それを踏まえた上で……よければ君とぉ、少し話がしたい」

対外は言いながらは追っ手Aの背後から横に回ると、必要以上に上半身を屈めて、再度追っ手Aの顔を覗きこむ。

追っ手A(な……なんだ……?この気色悪い男……!)

背後から音も無く唐突に現れ、気色の悪い顔で気色の悪い言葉遣いをしてくる対外に、ここまで平静を装ってきた追っ手の表情が歪む。

追っ手A「……何も知っている事なんか無い、ずっと言っているだろう……」

対外のその気食悪さに少し気圧された追っ手Aだったが、どうにか仏頂面を作り直して、シラを切ろうとする。

対外「おーとっとぉ、そんな邪険な態度をしないでくれたまえ。私の心が悲しみで溢れてしまうよ……!あぁ!そうだね失礼。確かにこちらから君にお話を要求するばかりでは、不公平というものか!よろしい。ならば気分転換も兼ねて、私から君に、ある昔話をお送りしよう」

追っ手A「……は?何を言って……」

しかし奇妙な事を言い出した対外に、追っ手Aは伏せていた視線を少しだけ対外へと向ける。

対外「さぁ!お耳を拝借、良き人よォ!ここで我等が顔を合わせたのはただの偶然か、はたまた何かの因果か!この小さな出会いを祝して、この物語をお送りしよう」

対外が突然両手を広げて、芝居のような大げさな口調で話し始めたのは、次の瞬間だった。突然の出来事に、追っ手A思わず目を見開いて体を引く。

FV車長「はぁぁ……」

一方、反対側に座るFV車長は、心底うんざりした表情で頬杖を付き、そんな対外を横目で見ていた。

対外「これからお語りするのは、いつかのどこかの物語!真実か、はまたま風のイタズラが作り出したか御伽噺か!?ある男の一生を綴った物語ぃ!」

あまり好意的ではない反応をする周囲を意に介さず、対外はそのお話を語りだした。

対外「その男はぁ、物心ついた時にはすでに孤独の身。父の背の心強さも、母の腕の中のぬくもりも記憶には無く、知っているのは、身を貫くような風と世間の冷たさだけ!何があったのか、なぜ男がそうなったのかを綴る記録は何も無い。ただその男は、頼るべき者の無い小さな身で、過酷な環境を死に物狂い生きるしかなかったぁ!」

大げさな口調でそこまで言い切ったかと思うと、今度は一転して声のトーンを落として続きを語りだす。

対外「男の寝床は路地裏の冷たい地面。物を乞い、ゴミを漁り、汚水をすすって飢えを満たし、小さな命を繋ぐ。幼き身にはあまりに辛い日々……だがぁ、その劣悪な環境の中を男は生き抜いた。死への恐怖……いやぁ、それ以上に自身の居る環境に対する挑戦心のような物が、 男の中に生まれていたのかもしれませんなぁ」

対外はFV車長に同意を求めるように視線を送る。

FV車長(知らねっつの……)

対外「劣悪な環境を耐え抜き、夜を幾度も越え、男は少しづつに成長してゆく。そしてぇ、日々育って行くその身を支えるには、ゴミを漁り、汚水をすするだけではあまりに心許ない!男がその手を次の手段に染めるのに、時間はかからなかったぁ。そうだぁ。男は生活の糧を得るべく、盗みを働くようになったのだぁ」

対外は不自然に大げさな歩調で机の周囲を回りながら、話を続けて行く 。

対外「男が住まうのは罪人に慈悲など与えられぬ社会!盗みの場を見つかり捕まれば、命の保障すら無い危険な綱渡りぃ!だがぁ、今日と言う日を生きるべく、男は危険な領域へと踏み込んだ。ある一軒の家へと忍び込み、食料と思わしきものを手当たりしだいに掴み取り、そして死に物狂いでその場を後にした……」

一拍だけ対外は間隔を置く、そして目を見開き、続きを吐き出した。

対外「なんということだろう!そこで得られたのは、ゴミを漁り得られる食物とは比べ物にならない味!そして暖かさ!男は初めて、満ち足りたと言う感覚を味わった……。そしてぇ……男は同時に、この世の冷たさを再確認したのだぁ!この満ち足りた感覚は、自分達に"与えられる"事は今までも無く、そしてこれからも無いだろう。格差、理不尽……それらは男を闇の世界へいざなうには十分だったぁ」

対外はそこまで話すと一度、追っ手Aにニヤリと不気味な笑顔を向けた。

追っ手A「……」

対外「そして月日が立った。初めて盗みに手を染めて以来、男はありとあらゆる悪行に手を染めた。生きるべく盗みを続け、時には騙すようになり、そしてぇ……ついには殺すようになったぁ。それは時に自身のために。時には金銭と引き換えに、他人のためでもあった。そう!この世は常に表裏一体、光の世界あれば闇の世界もまたあり。男はいつしか、他者の代わりに手を染める事を、生業とするようになって行ったのだ!過酷な環境で身につけた知識と技術を持って、権を持つものの闇を肩代わりし、何人もの人を時に殺め、時に陥れていった……。皮肉にも苛酷な環境が、男を強く、そして残酷に育て上げたのだぁ!」

両手を大きく広げて天井を仰ぎ、対外は大げさに言い放った。

対外「男は、闇の世界での名声と地位を手に入れた。その一方でぇ、強く育った男の下には、いつしか境遇を同じくする仲間少しづつが集っていった。生き残るべく集まった、何の縁も無いはずの者たちの群れ。だが、男はそこに集う者たちに感じるものがあった。それはぬくもりだ。幼少期では得る事のできなかった暖かさを、初めて知ることができたのだぁ」

少し易しめの口調で言い終えると、対外はくるりと背を向けた。

追っ手A「……はッ、それでめでたしめでたしか……?」

追っ手Aはそう言い、対外の話を鼻で笑おうとした。

対外「だがぁ!」

しかし、その前に対外は勢い良く振り返り、追っ手Aの間近まで顔を近づける。

対外「そんなささやかな温もりの一方でぇ、男はより深い闇の世界へと引きずり込まれて行く!その世界は、どこまで行こうと、どこまで技を磨こうとも、いつ切れるとも知れない綱渡りであることに変わりはなぁいッ!あぁぁッ!なんとも不条理ッ!男が手に入れたぬくもりは、いつその手から零れ落ちるのかも分からないのだぁッ!」

言い切ると対外は追っ手Aから顔を離して、再びゆっくりと机の周囲を回り始め、語りを再開する。

対外「そして残酷にもぉ、その裁きの日はふいに訪れた……。ある日のことだぁ。男は国の政府の要人から、秘密裏に仕事の依頼を受ける。その国の政府は長年二つの派閥が対立しており、依頼内容は対立する派閥の要人を暗殺することだった。大きな仕事だったが、男にとって困難な物ではなかったはずだった。決行の日は、暗殺対象の屋敷で晩餐会が開かれる夜。男は夜闇にまぎれてその屋敷へと忍び込む。そして屋敷の中庭にて、いとも簡単に暗殺対象の姿を見つけた。多くの人々が晩餐を楽しんでいる中だったが、男にとってその中から対象を見つけるなど容易な事だった。男が陣取るは中庭を見下ろせる屋敷の一室、標的を射抜ける最良の位置から、何も知らぬ獲物に向けて弓を引く。その手を放せば、対象を矢が貫き、息を止めるだろう。そして男は矢を放つべく、指の力を緩める……」

そこで対外は、息を吐くようにして静かに言葉を区切る。

対外「だが!なぁんという事だろうッ!」

と、思った次の瞬間、台詞とともに対外は目をくわっと見開いた。そして両手で顔を覆うようにしながら、嘆くように語りを再開した。

対外「悲しき偶然か、もしくは性悪な運命のいたずらなのだろうか!?次の瞬間、いままでそよ風すら無かった中庭に、唐突に風が吹き込んだのだぁッ!風を即座に感じた男は、目を見開き矢を掴み直そうとする。しかし、時はすでに遅かったぁ!矢は男の手を離れ、空中へと打ち出されていた。そして風はいたずらにも矢を煽り、矢は標的を貫くという己の使命を果たさずに、儚くも地面に突き刺さったぁ……!」

わざとらしいまでに驚愕に満ちた表情で、対外は一気にまくし立てる。

対外「男は息を呑んだ。風が止み、周囲を一瞬の静寂が支配する……。ほんのわずかな時間の後に、女性の悲鳴がその静寂を破った。そして中庭は一転して騒然となる!目的を果たせなかった矢は、逆に仕留めるべく標的に危機を伝え、主の存在を敵に知らせてしまったのだ!標的は内部へと引き込み、暗殺の続行は絶望的。それどころか、侵入者を見つけ出すべく衛兵達が屋敷内を駆けずり回り始める!暗殺の舞台は崩れ去り、男はその舞台から逃げ出すしかなかった!」

追っ手A「……」

対外「危機的状況の中だったが、男はからくも敵地からの脱出に成功する。幸いにも追撃は無く、男は自らの悪運の強さに感謝しつつ、その場を後にした。もちろん男には、このまま引き下がる気など毛頭無ぁい!次の手を考えつつ、男はアジトへの岐路に着いた。この脱出劇で、最後の悪運が尽きたとも知らずに……」

不気味な笑みを浮かべたまま、対外は言葉を溜める。

対外「翌日、男は雇い主から呼び出される。そして伝えられたのは……"解雇"という冷たい一言だったのだ……ッ!雇い主が求めていたのは完璧な遂行人、たった一度の失敗も看過する事は許されなかったのだ!無慈悲に伝えられた言葉に、男は驚愕し、その顔はみるみる青ざめていったッ!通告に対して男は、身元が割れるような証拠は残していない事や、次こそは確実に暗殺を成功させるという旨を、必死で弁明する!だがぁ!悲しくもその悲痛な弁明が聞き届けられる事は無かった!たった一度の失敗により、男は見放されてしまったのだぁ……!」

わざとらしいまでの悲観的な口調で語りきると、対外はFV車長に向けて問いかけてきた。

対外「さぁて……FV車長三曹。彼の運命は大きく変わってしまった。その後、男が一体どうなったのかぁ――三曹の予想をお伺いしてもよろしいでしょうかぁ?」

FV車長「あぁー……?顧客からの信用を失ったんだろ?その手の仕事から足を洗って、堅気に戻ったんじゃないのか?」

対外からの問いかけに、FV車長は心底だるそうにそう答える。

対外「成る程……そうでしょうなぁ、そうであれば――あぁ!そうであれば……ッ!まだ救いがあったかもしれないッ!」

対外は自分の身を抱くようにして、嘆くように言葉を発する。

対外「だが……!男の苦悩と苦痛に満ちた人生は、ここからが始まりだったのだぁ!闇に生きてきた男は、既に数多くの黒い秘密を知ってしまっていた。当然その中には、男が仕事を請け負った者たちの秘密も含まれている。彼等は、男が絶対の仕事人だからこそ、男にその秘密を託したのだ。だがぁ……今回の男の失敗によりその安心にヒビが入った……。もし男が敵対する者の手中へ落ちていたら!あるいは今後、そのような事が起これば!最悪の場合、そのヒビから自分たちの黒い秘密が露見してしまうかもしれない……雇い主たちがそう考えるのは、ごく自然な事……そうだろう?」

対外は最後の一言を、追っ手Aの耳元で不気味に囁く。

追っ手A「ッ……」

対外「この先の展開は、君にもわかるだろう?雇い主は男と、さらには男に付き従う仲間たちを…消しに掛かったのだよ!失敗を犯した闇の仕事人に与えられるのは、労いでも慈悲でも無い、暗い死だ!あぁッ、なんと無慈悲なことかぁッ!!」

対外は本気で嘆いているかのように叫び、さらに続けてまくしたてる。

対外「男と、彼の元に集った仲間達は、哀れにも終われる身となった!それから始まったのは、つらく苦しい逃亡の生活だった。彼等はみすぼらしくも、暖かかった住処を捨て、ちりぢりなって必死に逃げた。だが、保身が懸かった元雇い主達の魔の手は、あまりに強力で残酷だった!金と数に物を言わせた追撃の手により、次々と殺されて行く仲間達!そんな中を盗賊は、幼少期からの経験と秀でた自らの力で、必死に逃げ延びた。だが……一度、仮初とはいて暖かさを知った身に、その生活は苦しく、つらく……寂しいものだったぁ……」

そして最後は打って変わって、儚げな口調で言いながら、手のひらを胸に当てた。

対外「逃亡生活は永きに渡り、男の体を蝕んでいった。寒く暗い下水の隅に追いやられた男は、痩せた己の身を抱え、昔の暖かかった時間を思い出す……渇いた口と喉に染み込んでゆく水。胃を満たしてくれるパンの味。凍えて縮こまった身を解してくれる、暖かな暖炉とやわらかな毛布の感触。共に酒を分かち合い、他愛の無い会話を交わし会う仲間。その全ては、すでに彼の届かぬ所にあった……」

FV車長(よーやる……)

語り続ける対外を、FV車長は呆れ顔で眺めていた。

追っ手A「……ッ……」

FV車長「……ん?」

しかしその時、視界の脇の追っ手Aが、生唾を飲み込むのが目に映った。

対外「そして……彼はついに息絶えたぁ……冷たい路地裏で、静かに地面に倒れたのだ。誰に見守られることも無く、最後には何一つ満たされぬまま……結局彼がこの世に残せたものは何一つ無かった!そして、生きた証を残せぬまま、その亡骸は鳥達についばまれてゆき、ついにこの世に彼がいたという事実は、何も残らなかったぁ……これはある男の一生を綴った物語。真実かはたまた御伽噺か、世にも悲しいお話だぁ」

対外は物語の最後を、その一節で締めくくった。

対外「良き人よ、いかがだったかなぁ?」

そして、今一度追っ手Aの顔を覗きこみ、感想を尋ねる。

追っ手A「……ふざけてるのか?ただ間抜けなコソドロが、ヘマをしてくたばったってだけじゃねぇか……」

対外「おや、なんとぉ!御気に召さなかったか。それはそれは、残念でぇならないよ……!」

追っ手A「くだらない話は終わりか?いい加減に……」

対外「そうだぁ!」

追っ手Aの言葉を遮り、対外は声を上げる。

対外「ならばこのお話ならどうだろう!」

追っ手A「ッ……!おい!これ以上は――」

対外「よき人よ!同胞達よ、今一度お耳を拝借!これは、ある少女の摩訶不思議な冒険譚ッ!」

追っ手Aは文句の声を上げかけたが、対外はそれを遮り、次のお話を優々と語りだした。


そして一時間が過ぎ、さらに二時間が過ぎる。

対外「そのキャラバンはついに仲間の死体に手を出したぁ!特に太っている者の肉を切り出し……」

その間に、対外はいくつもの話をしていった。

対外「腐臭と血の臭いに耐えつつ、少年は腐乱死体から金品を漁る生活を続けた!だが、疫病はついに少年へとその牙を向ける……!」

それらはどれも異常に生々しくて痛々しく、人の不快感を煽るような内容の物ばかりだった。

FV車長「はぁぁ……タバコ吸いてぇ……」

そしてFV車長はといえば、椅子に背を預けて足を組み、酷くしんどそうな顔でそう呟いている。
不快な話に長時間付き合わされれば、そんな状態になるのも無理は無かった。

追っ手A「………ッ」

だが、一方の追っ手Aの様子はまた違っていた。彼は両手を自分の膝の上で握り、顔を俯けている。そして俯けたその顔には、大量の汗が浮かんでいた。
対外の話は、何の覚えも無い人間が普通に聞いただけなら、ただの気色悪い話で終わっただろう。
 しかし追っ手Aは違った。
 聞かされる話の登場人物の境遇は、そのいずれもが追っ手Aのそれと似通っていたのだ。
そして登場人物達の痛々しい末路は、この先の選択を誤れば、追っ手A自身が辿る事になるかもしれない未来だった。
 先の追っ手Dの尋問にて対外は、内容やアプローチの仕方に多少の違いはあったが、ほぼ同様の方法で尋問を実施。対象の不安感を極限まで煽り、そこに付け入る事で情報を聞きだしていた。追っ手Aと違って余裕の感じられなかった追っ手Dは程無くして口を割ったが、残念ながら日本軍が必要としている情報は得られなかった。だが、対外は追っ手Dから追っ手達の生活や追っ手Aの過去を詮索、そこで追っ手達が苦しい生活を送っていた過去を知り、それを尋問のための作り話に混ぜ込んでいた。

対外「口封じのために、盗賊の少年はマフィアから追われる身と――!おや……?どうされた良き人よ!なにやら顔色が優れないようだぁ」

追っ手Aの状態の変化に対外は早い段階で気付いていたが、あたかも、たった今それに気付いたかのように、わざとらしく問いかける。

追っ手A「……」

対外「その顔、もしや何か不安を抱えているのではないかな?ふむ……私が口を挟む事ではないかもしれないが……あえて、愚かな私に提案させてもらえないか!?心に闇を抱えているのならば、良ければ吐き出してみてはどうだろう!?君の心のわだかまりを、少しでも晴らせるかもしれない!」

追っ手A「……何も話す事なんて無い……」

白々しく言う対外に、追っ手Aは憎々しそうに答えた。

対外「そうかね?背負い続けるのは心にも体にも良い事では無いのだが……良き人がそう言うのなら、無理強いはできまい。――では、話を続けよう!少年はマフィアから追われる身となり、何日にも渡って逃走を続けた!どこまでも追って来る死角を振り切るべく、形振り構わぬ逃亡が続け、体は傷つき疲弊して行く。あちこちに負った傷は癒える事無く化膿してゆき、慢心相違の身をより蝕んで行った!」

追っ手A「ッゥ……」

休むまもなく、追っ手Aの不安感は煽られ続ける。だが、追っ手Aの精神を蝕むのはそれだけではなかった。数時間の尋問により、追っ手Aは少なくない飢えと乾き、そして疲労感に襲われていた。ただでさえ監禁、拘束されているという状況の中、数時間に渡って蓄積されていったそれらの負担は、追っ手Aの心身を確実に追い込んで行った

対外「そして己の限界を感じた少年は、ある決断に至った……ボロボロの足を引きずり向う先。それはマフィアの息のかからない、遠い町の騎士団の砦!己が知る、マフィアの悪行を全て伝えるべく……!」

対外はその極限状態の追っ手Aの前に、一滴の水を垂らしにかかる。

対外「少年は騎士団の元へ出頭し、全てを打ち明けた……
     当然、自らも盗賊の見である少年は、そのまま騎士団の元に拘留された。だが、少年により打ち明けられた真実によって、少年を追うマフィア達の悪行が明るみに出た。一度亀裂が入れば、物事はあっというまに崩れ去って行く。少年を追うマフィアも例外ではなく、やがて組織は壊滅に追い込まれたのだぁ!」

追っ手A「……う……」

対外「少年を追う者はいなくなった。だが同時に、少年も罪を償わなくてはならなかった。この成り行きは少年の因果だろうか?それとも、神が少年に与えた小さな慈悲だったのか?それは記録には残っておらず、知る事は叶わない。だがぁ、願わくば少年が罪を償い、第二の人生を歩んだ事を願おうではないか」

対外はそう言って、その物語を締めくくった。

対外「――おーっとぉ!最初は前菜の感覚で、短めの話をいくつか紹介させてもらったのだが、思ったよりも時間が過ぎてしまったぁ!」

追っ手A「……」

対外「困ったことだ。まだ、聞いてもらいたい物語はたくさんあるというのに!そうだな……抑えておきたいのは、ある貴族の家系に起こった不可解な……」

追っ手A「……ッ、おい……!」

その時、対外の声を遮り、追っ手Aが声を上げた。

対外「ん?どうしたのかね良き人?」

追っ手A「……この後の……俺達の処遇を、どうするつもりだ……?」

追っ手Aは言葉を搾り出すように、対外に向けてそう尋ねる。

FV車長「……事が落ち着いたら、お前達の身は月詠湖の王国の兵団に引き渡すつもりでいる」

追っ手Aの質問にはFV車長が答えた。

追っ手A「……話す……」

FV車長「ん?」

追っ手A「俺が把握してる事は……全部話す……!だから、その後はとっとと兵団引き渡してくれ……!」

追っ手Aは汗だくの顔と険しい表情で、ぶっきらぼうに言い捨てた。それは、極度の恐怖と不安から逃れたいがために吐き出された、保身のための言葉だった。彼の心からは余裕などとうに消え去っていたのだ。

対外「おぉ、おぉ神よ!良き人が私に心の内を話してくれると申し出てくれた!なんたる感激!私の物語が、良き人の心を開いてくれたのだぁ!」

追っ手Aの言葉を聞いた対外は、不自然なまでの感激の言葉を発しながら、天井を仰ぐ。

FV車長「あー、そいつぁ良かったな……」

そのしらじらしい姿に、神ではなくFV車長が皮肉たっぷりの口調で答えた。


戻る